第十八巻(上)

封神演義―完全版 (18) (ジャンプ・コミックス)
封神演義―完全版 (18) (ジャンプ・コミックス)
藤崎 竜


四ヶ月間もの間週一でまとまった文章をupする というこのものぐさ鳥類にあるまじき企画が終わりを告げようとしています。
毎週お付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
ああそれにてもホント、なんで当時これを買わなかったのか私。
完全版刊行してたのも最終巻が初回限定プレミアムなのもその内容も知ってたのに!(答・貧乏だったから)(今もですが)(思い立つとヤフオクで探しています)

それにしても伏羲様のあの洗練されたヨロイみたいな衣装を、「週刊連載としてほとんど自虐的なセンスのよさ」と評したのはどなただったか…。もう神々しいと呼ばせてくれ。
口絵。
この構図がすごく嬉しかったのは、きっと私だけじゃないと思います。
初期太公望と妲己ちゃん。
伏羲がいて王奕がいて何万年の歴史の末の出来事であっても、「封神演義」という物語の始まりは確かにここだったと思えるよい口絵でしたね。
それにしても妲己ちゃんのこの衣装の半乳っぷりは素直に揉みたい。(台無し)

・「お師匠様に噛みつくなーッ!!!」
 ああここを貞女・ヴィーナスが見ていたら、もっとドきっぱりと嵐のような勢いで参戦してくれたに違いないというのに!(※半分の確率で亭主も心中させそうですが)(これ以上事態をややこしくはしたくない気持ちもよくわかる)
 大体最初に妲己が亡骸の状態で見つかった時、ジョカに裏切りの報復をされたのかと思ったんですよ。しかしまあここの女二人はまがりなりにも協力体制を組んでいたはずなのに、(両者ともエゴ丸出しっぷりが凄過ぎて)終盤なんてもはや逆にお互い眼中にもない感じでした。壮絶。
 この嵐の中心に置かれた伏羲さんが、抑圧の果てに男に走るのも仕方ないんじゃないかと思います。

「ス…スープー武吉大丈夫か?」
 真っ先に二人を心配するのが、もうすごくほっとするんだ。これでこそだと思うんだ。「よし・逃げるぞ!」だの「あいつの攻撃は痛くてやなのだ!」とかちょう太公望だよね……。我に帰ってみれば「どんな主人公だよ」なんだがもう大概洗脳されています

・魂魄分離
いやーいくら体質とは言え、同じ身体を共有する魂はいつまでもそうきっぱりとパズルみたいに分けられる状態にはなってないと思うんだけどなー。
この頃は融合してすぐだったから可能だったんじゃないかなー。
(仙界伝弐では伏羲の技として使えてましたが)(あの太公望のビジュアルはなんであんなに可愛いんだい)
しかも身体は一つしかなかった筈なのですが、妲己ちゃんの前に現れた王天君は……あ、ちゃんと見れば明らかに魂魄体だった。

・落魂陣を使う楊ゼンは凄くかっこいいと思います。攻め顔です攻め顔。笑
 ところで落魂陣は金ゴウ側のジョカへの切り札だったんだろう――と、いう話がありました。
 そう考えると対姚天君戦に能力コピーのできる楊ゼンが加わっていたというのも結構必然だったね。だって正直それ以外の十天君と会っていても、ジョカ戦では意味がないんですよ。
 そもそもあの時に楊ゼンたちと姚天君(と金光聖母)というカードを仕組んだのが――ん?他でもない王天君だっ、た……?
……!?
 え、ちょっと、待て。 なんか私今すごく不穏な想像をしています。未だもってそこに深淵がある気がしてならない。

だって、
「ジョカに対する有効な戦力(能力)を育て集める」封神計画と、
「計画中邪魔になる存在を留めておく」ところの封神台に、
「対ジョカを見込んでそれぞれの勢力下で研究開発された有効な兵器と特殊能力を、その持ち主が封神台に行ってからも解析再現出来る計画執行者の忠実な部下」
の存在は、あまりにも都合がよくないか、な。

 いや今、本当にたった今思いついたことなんですけど。考えながら書いています。わかりにくかったらすみません。
 ……。
 怖。

 楊ゼンの変化、特に部分変化は随分反則だ反則だと言われてきた能力です。かっこいいし、太公望にとって重要な戦力だったし、でも、ちょっと異質なくらいの便利さ。チートキャラの常ではありながら――。
 楊ゼンの母親が妲己ちゃんじゃないか、って言う話がずっとありました。この感想でもちらっと触れましたが、その時私は結構冗談のつもりでした。だって何ひとつ原作では触れられなかった種類のネタだし。
 でもちょっと真面目に考えてみるよ。
 もしも妲己ちゃんが通天教主との間に子を生すとしたら、そりゃもう間違いなく打算ずくです。しかも一つの行動から幾つもの実をもぎ取るのが真の策士だと、いつか聞仲様が言っていた。
……あの人、遺伝子操作ぐらいやりそうだよ。
 ジョカと手を組んだ時点で600年前、この時、既にいつかは出し抜く気満々。
 おそらく地球の仙道がジョカの存在に薄々気づいていることも、よく思わずに策動していることも知っていた。
 ただし「王奕」の存在にだけは気付いていなかった(というよりも王奕と元始、燃燈の会談が成立した2000年前当時におそらく妲己ちゃんは生まれてないのでした。それでアレってなんという空恐ろしい女や……)のですが、多分三大仙人の会議の内容くらいまでは感づいていそうです。
 彼女の「本当の目的」からすれば彼らのジョカ排除計画を利用し、そして手伝うのは矛盾しない――。
 妖力絶大な通天教主と妲己ちゃんの血、それから蓬莱島の科学力を持ってすれば、仙人界でただ一人の「変化を使いこなせる天才」を意図的に作ることができても正直不思議には感じない、かな……。私は。
 えー、つまりなんだ。
 楊ゼン、デザイナーチャイルド疑惑。
 す、すいません。
 全部妄想です……突っ込み大歓迎……っていうかホントにこんな話だったらマジ怖いわ。誰が怖いって藤崎先生が一番怖い……。

 そ、そんなわけで考えても結論は出なさそうなので次!
 蓬莱島の戦いはパレードを見ているかのように華麗このうえなく大好きですよー
 そして傾世元禳の能力は実は誘惑に限定されないっぽいような気がする。妲己ちゃんが地球人相手にあの美貌で使ったから誘惑という形が一番効率がよかったのであって、まあ元々「精神撹乱系宝貝」って注釈も入ってるんですがね。暗示や扇動にはオールマイティに使えるんだろうな。
……でも私も老子には是非スーツを脱いでから使っていただいてほしかった……。あの美貌が異星人に通用するかどうかはともかくとして……。

妲己ちゃん@永遠の勝ち逃げ決定。
賛否両論な落とし所であったが、個人的にはもぉ借体形成がこういう結実の仕方をするのが見事としか言いようがなく……。
あと、これについてはちょっとだけ二次で触れたりしました。永遠に近い時間を身体を取換えながら生きなければいけないのはきっと少し疲れることではないかと思います。その為に仙道は「枯れる」ことが多いんではないかと思うけど、妲己ちゃんは全然そういう感じじゃないからね。

第十八巻(下)

・「諦めないで望ちゃん!」
 こ の 天 使 め …… !
 ちくしょう好きすぎる。にくい。
 とにかくここまでの経過がどうあろうと、封神台解放は、やはり嬉しかったのです。私は。
(ちなみに私の中で封神された人々は、倉橋由美子が桂子さんシリーズで言うところの「あちらの方々」に近い)
 そしてここで天化や普賢に笑いかけてもらって、そんな資格ないと思っているかもしれないけど、それでも戦える強さを取り戻したのは、伏羲でも王天君でもなく「太公望」の部分だと――個人的には思えてならない。

 そう、最終的に彼が何者か、と訊かれれば私は「伏羲・王天君の記憶と能力を併せ持つ太公望」だと答えます。
 私の中で「融合前」と「融合後」の人格は、あまり乖離していないのです。説明付けをすれとゆーならいくらでもできる。既に様々なところで語られてきたたくさんの説があって、正直どれを採用しても私の中では可であります。
でも私としては理屈ではなく、全てを知っていた元始がこの時点でさえ「太公望」と呼び、普賢が望ちゃんと呼び、武吉がお師匠様とスープーがご主人と呼んで、それで「彼」が太公望じゃないとは素で思えないのですよ。それこそが太公望がその人生で築いてきたものだと思う。八十年間の僅かな時間で、だけど一人の人間がやさしく円熟するには充分な時間だった。
 最後に妲己が「本当にそれでいいのん?」と問いかけた相手は太公望であり、
 またこの先に生きていきたい、とこの時点でちらりとでも思う要素があるのも太公望だけだったと思う。
 それだけで十分です。私の中では。悩まなすぎるのかもしれないけれど。それでもやっぱり太公望も、きっとこの先も苦しむと思うんだけど。
 そしてジョカは消滅して、それでもやっぱり伏羲は一緒にいってあげたと思いたいし、王天君はママのところにいけたと思いたい。
 願望かなあ。
 でもあの王天君が1/3なんじゃないかとか、そういう計算をちまちまするのはあまり性に合わないんですヨ……。大体魂の質量なんて、どんな秤で測定すればいいのかもわからないのに。
 みんな幸せになれますように。

……最後、あとしまつ。

・仙人界新体制
 いやー。
 正直贔屓目なしに見れば、これすっげえ人間偏重体制っぽくて妖怪たち大丈夫かと思うんですけどね。
 大戦で壊滅したのは崑崙も金ゴウも変わらないのに。いや、それでも崑崙は教主と僅かながら幹部も生き残ってはいて、一応あの仙界大戦は崑崙側の勝利、ってことになるの、か……?戦に負けるとはこういうことか……。いやしかし。それにしても。
 大体張奎好きだけど、そりゃもー成長株ではあったけど、それでも妖怪代表が彼で人間代表燃燈様じゃなんか格が違う気がするよ。燃燈って組織内では聞仲ぐらいのポストっぽいからね……。
 あーでも書類仕事とかは長年聞仲様の秘書的な役割をしていた張奎のほうが効率よく進めるのやもしれない。

・人間からも妖怪からも信頼があつい楊ゼン
 あれ、私そんな楊ゼンには見覚えが無……いや一応アレか。
 蓬莱島で彼は分担として『みんな=闘技場にいた観客、殆どが妖怪』を守る役どころについてはいた、か。
「これは……六魂幡!」っていう歓声(P50参照)も、どうもアレ妖怪の間から上がっていたような気がします。亡き通天教主の所持宝貝で、過去に父の配下だった妖怪を守るその息子、っていう図はパフォーマンス的にもナイスでしたがんばれ王子。(大戦では大概妖怪虐殺してたけどね…!)(民衆の記憶は結構上書きされるものである)
むしろ崑崙サイドからは一度素性がバレた時点でやっぱりある程度ヒかれてそうですが、まあそーゆー連中に口さがないこと言われて落ち込むほど彼も可愛げある人格じゃないよねきっと。(好きな人たちが認めてくれればどうでもいいっぽい)
 っていうか楊ゼン、四不象をはじめとして、一緒に太公望師叔を助けて戦ったみんなには教主って呼ばれるの凄く嫌がってるみたいですけど、多分彼的にそれよりも下の相手に教主呼びされなかったらむしろビキってきてそう。笑
 心に棚をつくる男……。

 最終回のセンターカラーは……もう、なんて言えばいいのかなあ……。
 この連載時のアオリ入り画像ファイルを、実は私この夏に知り合った方からいただいている。

 愁うる莫かれ――
 天下何人か彼を識らざらん――

 毎回見るたび、大分時間が止まりますからね。
 封神のアオリいつもすごかったけど、この時はまた際立って秀逸だった。ずっと決めていたんだろうな、って思える。このラストが藤崎先生の中でずうっと決まっていたように、それを告げられたシマ氏はこのアオリを使う時をずうっとあたためていたのではないかと、思います。
 円満終了ってほんとにいいものですね……!(今のジャンプを横目で見ながら)(でも今のジャンプも好きですよ)

 彼が武王に会いに来たことがすごく嬉しかった、のです。
 この訪問は、人間界を去る時に「今生の別れってわけじゃない」って言ったからその約束を守って一度だけ会いに来たのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。また来るかも知れないし、もう来ないかも知れない。
 私の中ではどちらでもいいです。ちゃんと逢いに行く描写があったことが嬉しかったから。
 姫発にこうして会いに行った以上、楊ゼンとの「ケリ」もそういう話があった以上見過ごせる彼ではないと思うし。私は太公望のそういう誠実さだけは、もう絶対に信じているのです。
 申公豹に「目が死んでいない」と太鼓判を押された彼は、きっと今後もけなげに生きていけると、それも信じていたりする。

……ふー。
 ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。
 今年の三月に封神演義を読み返してそれから読み終えたとき、私は連載終了を8年遅れて味わったような途方もない喪失感で泣きたくなりました。
 太公望がどこかへ行ってしまった。
 愛しい、愛しい世界を置き去りに、仙道たちは消えてしまった。
 その焦燥をどうにか落ち着かせたくて、何度も何度も読み込んでどういう話だったのか考える作業、この世界はどのように続いていくのかを自分の中で整理する作業を続けました。
それから――いろんなサイトや掲示板や動画やらなんかで、まだこんなにも愛されてる作品なのだと思い知って、愛されている限り作品は終わらないと思って救われました。
 活発な考察や議論のログを読んで、少しずつ私の中で考えがまとまってきました。
 封神演義の作品世界は、とても寂しい世界だけれども同時にとても暖かくて楽天的な世界でもあると思う。
 太公望という人物が、そういう人だったと思えてなりません。
 もちろん私ひとりの見方なのですが。

 考えたこと、心に残ったことをどうしても形に残さずにいられずにブログを書き始めました。
 この感想はある意味その集大成です。
……それでもとても拾いきれないネタがまだまだたくさんあって、なんか色んなメタモルフォーゼを遂げてもいるわけですが(笑)
 とにかく感想という形ではきっちり十八巻分を書き切ることができて、私は心底ほっとしております。
 ホモと独断と偏見にまみれたトークを読んでくださった皆様、それに加えてご意見や同意をくださった皆様、別に封神にハマってるわけじゃないのにいちいち読んでくれている相方(笑)、そして素晴らしい作品を生みだしてくれた藤崎竜先生とシマ氏に最大級の感謝を。
 リュー先生が寝そべりなさるんなら、こっちはもう逆立ちでいきますよ!(屍鬼後書きネタ)

 そのほか
・P21の五コマめ 申公豹……もはや隠れる意味なんかどこにもないのに……。笑うところですかこれ
・万仙陣 「ああっ間違えたホワイトホワイト!ここトーン42番だ!」とか言いださなくてよかった……!
・というかラストバトルに簡略化頻発 に突っ込む人は数多いが、それを気にするならばこのラストバトルにはもっと一杯突っ込むべきところがあると思います!怠惰スーツとか、怠惰スーツとか武吉ちゃんの非常識さとか怠惰スーツとかね!!
・P49「――でもキャラ変わってない?」この台詞、吹き出しだけかと思いきや実はちっこい半妖態ミニキャラが下の方にイター
・P101の伏羲たんが微妙にクールビューティーな女の子に見えるよ!見えるよ!
・太極図戦闘形態はとても…けもののやりです…。ドラゴンボールよりはうしおととらを思い出す私である。今までのキャラクター大集合とか。
・「やあナタク君!僕の宝貝を受け継いでくれたのだね!」そういえば貴族Cはダンジョンでのナタク戦には感銘を受けたご様子であった。そしてこの二人は実は原形が花繋がり……ですね……。ナタクは妖怪ではないが。
・P143 あれ4コマ目、魔礼珠のバックにいる彼は誰だろ。あの人だけわからない
・邑姜ちゃんのスカート丈がどんどん長くなっている。やるな姫発!(邪推)

・今後も色々コメントお待ちしております。
・ありがとう、ございました。
・ぺこり。

第十七巻

封神演義―完全版 (17) (ジャンプ・コミックス) 封神演義―完全版 (17) (ジャンプ・コミックス) 藤崎 竜
ジョカ様のお召し物、リュー先生のセンスがここぞとばかり。
いやマジですっごい楽しそうなんですけど!表紙のキャラの衣装の内、これだけ今(というか2005〜6年当時)のフジリューが1から考えてデザインしてるよね!
デスうさの顔が異常に可愛い。ちなみに頭にもついてるんだね気づきませんでした。全部で四匹か…
あ、私うさぎにはちょっとうるさいよ。(こんなところでアピールしても)
背後の神農と燧人と軒轅自重。なんだお前ら。エアリエル気どりか。

ラストポスターの一番手前に半妖態を描いてもらえたのがもうすごくうれしかったんじゃよー。期待に違わぬ美しい色彩ですね!カラーは初ではないですか。ほんとリューせんせいGJ……。私は最近楊ゼンのこと美しいって言い過ぎだと思う。どうしようキモい。(自分が)
バトルスープーはやっぱりかっこいい。
乗ってる人たちは…カワイイ…かな…。
燃燈さんの衣装はカラーで見るとまた一段と頭がおかしいよね。(デザイン的には好きですよ!)

内容は引き続き、大・大・大宝貝大会であります。
しかしまあ考えてみればあの歴代ジャンプ悪役の中でも愉快犯度は一、二を争うであろうであろう妲己ちゃんが、いざ自分のターンになったとみるやこの手のゲーム(トーナメント戦的なもの)を持って来ないほうが不自然な気もして来た。金ゴウ三強の戦い方はほんと性格出てんなー。
一瞬でお美しい貴人ちゃんに撃破された烏文化ですが、そのエキセントリックな生態はオタク諸氏の胸に深く刻まれた。多分私に祈願花が憑いたら、殷郊×太公望のほんを探して見つかるまで「咲きてー」と言いながら暴れ続けると思います。おそろしいああおそろしい。
悪徳ロリータ@妖怪たちのアイドルな喜媚に、公衆の面前でダイレクトかつアグレッシブな求愛行動をされた四不象が陰湿な苛めでも受けやしないか心配で仕方ありません。
まあそれ以前に他でもない主人からすんごい扱いされるんだけどな。
はいえ今は貴人戦、太乙と天祥が仲がいいのが地味にかわいい。なんかこー基本的に封神は殆どのキャラクター間の関係性が太公望を通した描かれ方になっていて、これは地味だ地味だとネタにされる彼を主人公として描く上で絶妙のペンタッチだと思うのですが、その分たまに軸をずらしてこういう組み合わせが生まれるとそれはそれで個人的に凄く楽しいわけです。
「趙公明戦でのデータは見たわ」
え、ちょ、ほんとに油断も隙もないことこの上ないな妲己陣営は。どうやってどこから記録してたんだよ最終的にあの島沈んだぞ。
メコメコしてるのが…タタリ神に見える…。
というか金蛟剪って、太公望はビーナスに貢がせすぎですよ!あまつさえ最後は逃亡。 なんという極道亭主。
そして言わなきゃよかったのに移動させた本体の場所がさっそくバレた…。
いやーしかしほんとこの辺りのフジリューの筆致は神がかっていると思うんだ。貴人ちゃんのあの美しい肢体が。彼女のどこが好きってもう全部のコマが。あと結局太公望にしてやられてるところが。
それにしてもナタクのほうも、鉢金(あれは鉢金なのか?という突っ込みをもらったこともあるのですが一応形状的に…)を壊されるとメカメカしさが多少払拭されて結構素朴ないい顔立ちです。いやはやこの顔の造作は一体どうやって決めたんですかね太乙さん!好みなんですかね!でも太乙本人も好みなことに気づいてないといいと思うよ。SPSはプラトニックかつ長期戦なナタ乙を応援しています。P59最後のコマのナタクの顔が好き。

太公望――運命の胡喜媚戦。
「じぇいっ」
「ロリっ」
あ、うん、なんか好敵手だよこの二人。
ところでその能力の使い方や性能もさることながら、楊ゼンと喜媚の変化で最も違う点は擬音だと思う件。楊ゼン絶対「ドロン」とかいうオノマトペ背負わない。角っこ時代ならわかりませんが。
このバトルの流れですが某所で見た
「特殊な力を持つロリっ娘相手に、力ではかなわないから人質を取って言うことを聞かせ
衣を奪い取って何も出来なくした上で襲いかかり
勝ち誇ったところを涙と怒りで覚醒した真の力によって倒される」
という表現が一語一句完全に的を得ていて爆笑。というか主人公の方がよっぽど悪徳ロリータだわ。(ショタって言え)
なんという超展開、そしてこの素晴らしいポップなテンポからあのどす黒い真相解明に持ってくフジリューの手腕ときたら……。

……。

さて、どこから語るべきですかねえ……。
約4カ月越しに書いてきた完全版感想、究極的にはここと最終巻で語るためにやってきたと言っても過言ではないのだが。
私よりずっと頭のいいだろう様々な人々が、八年という時間をかけながら、未だ結論を出し切れていない人もいるだろう問題に、鳥類如きが僅か半年程度で手を出すのはいっそ恐ろしい。
つか、伏羲様を嫌えればまた違うんですけど私伏羲様大好きなんですよ。死ぬほどカッコイイと思ってるよ。
……ただ私は楊太の観点としては、実のところこの話に決着をみています。かなり早い時期に。
何に悩んでいるか、というと伏羲と太公望と王天君の関係、とゆーところですが、これは考えても明記されてない以上仕方がないことで妄想も許されると思い、結構これはこれで私の中では落ち着いています。
結構言われる伏羲の中の割合、とかね。これは最終巻に譲るとして――。

ここから殆どカプトークですすいません。
多分今年の春に封神にセカンド・バーニング だった 私は、融合事件にしても三尖刀突きつけ事件にしても、多分リアルタイムで楊太にどっぷり嵌っていた方々ほどの衝撃はなかったんですよね。そこに高い塀があって通れないのは変わらなくても、時速百キロで走っていた自動車がそこに激突してしまうのと、のたのた歩いていた人間がごつんとぶつかって上を見上げてさあどうする、と思案するのと。多分受けたダメージにそれぐらいの差があります。
ブログでも随分語ったのですが、当時の同人誌を読み返しても、あるいは当時からの楊太者さんのお話を聞いても、みんなそのくだりでは一様に情緒不安定だもんな。
私としては本来のカップリング思考では、楊太が本当の意味でデキるのは最終回後だって何度か言ってるんですよね。まあ最近は途中で色々あってもいいじゃない、みたいな感じに懐柔されてきてるんですけど、なんかどっちみちやってても楊ゼンの一方通行で(笑)
結局「それまでの間に恋愛関係に持ち込んでる」という前提で見ると楊ゼンがすごく辛いのが融合だと思います。
今まで自分が愛したものが変わってしまった、という恐怖ですよね。だけど私としては、それまでの間に楊ゼンが太公望との関係でそこまで精神的に能動的なポジションにいたとは思えてなかったり、する。
これは本当に私個人の見解であり、もっとずっと人様の意見も聞かせてほしいところなのですが――。

最初から決まっていたと思うんだ。
具体的にはそれは金ゴウ島のバリアボタンの前で、王天君に闇を唆された楊ゼンが、その言葉に一瞬たりとも迷わなかった時に。
それこそはそれまでの時間に、太公望が楊ゼンの中に築いてきた確固たる光が、目に見える形で現出した瞬間だったと思う。他でもない王天君がそれをさらけ出した、今思えばあれは救いだったと思う。
世界が光と闇の陣取り合戦だとするならば、少なくとも楊ゼンの中では「伏羲」の光の部分が闇の部分にとっくに打ち勝っていた証明とすら考えたい、それが今更太公望が王天君と融合したぐらいで壊れてしまうようなものであって欲しくはない。これだけ本当に、私の中では譲れないのです。
もちろん揺れてもいいし、形は変わってしまうかもしれないけれど。変化は当たり前のことなんだけれど。
んー。
なんか、うん。そうですね。
それは結局、融合でほんとうに一番つらかったのは結局太公望さんで、
その辛さに気づけないような男に、ぶっちゃけ太公望をあげたくはない、とかね。笑
わたしは楊太なら楊ゼンのほうが好きな少数派ですが、それでも譲れない一線はあるです。
私としては、そこで自分の屈託を乗り越えた楊ゼンがはじめて彼の傷に気づいて、何か建設的なことが生まれるとするならそこからではないか、と思うのですよ。
あとこれはちょっと前に知り合った方にも語らせていただいたことなのですが、思えば馬元戦の楊ゼンの冷酷さというのはちょっと異質でした。いや死ぬほどカッコいいけど。
あれを見ると人格的な幅をも有り得ない速度で成長してさせた楊ゼンにとって、彼に最後に残された課題は「敵への寛容性」ではないかと思えます。それは何としてかというと、新たな世界の教主としてです。
彼の話を一貫して成長物語としてみるならば、やはりどんなに時間がかかっても、楊ゼンは太公望師叔を赦せなければならないと思います。正直二千年三千年かかってもいい、それに太公望を赦せない彼は自分も幸せにはなれないだろうと思うのです。
十二仙玉砕のくだりでも言ってたんですけどね。
彼らは無駄死に無駄死に言われたりもしますが、(号泣…)彼らが本当に「無駄死に」になるのは、「崑崙の子供たち」が幸せになれない時だと思うから。
結局あんまりまとまらなかったな……。……何かまた思いついたらブログに書きます。うう。

さてマキでやるよ!というか多分この辺りではほんとに主人公の行く末が衝撃的すぎて、肝心のラスボス戦も相当怒濤の展開だったがみんな結構お留守だったよね……。笑
「何万年何百万年も作っては壊した」
多分一度の破壊から地球全体が完全に文明化されるまでは一万年ぐらいじゃないかなーというイメージを抱いているので、(化石として残るような生き物が発生したのは今から約六億年前だし恐竜が栄えていたのは二億五千年ぐらい前らしいので、そこまで生命に一からやり直させたわけではないような感じ)……それにしても気が遠くなるような作業だな。
思えば母星でのヤツラの寿命は何万年なんだコラ。いや時間の流れが違うという可能性もあるのか。鳩野さんは実はもう六年ほど銀河系な感じのSF小説畑で同人をやっていますが、理論的には惑星間の時差とかさっぱり理解していません……。ホモの痴情のもつれにしか関心がありません……。いやそんなことはどうでもよかったな。

「山河社稷図」
楊ゼンの対策「闇に変化」に突っ込みたくてたまらない。それってどう見ても逃避ですよネ。精神が弱そうなことこの上ないわ。
というか1500時間もの間「楽しいことの思い出」で持ちこたえられる張奎は一番凄いと思います。楽しいことって言っても聞仲様関係のことは辛いことでもあるだろうにさあ……。ちなみに実際のとこどれぐらい生きてるんですか?

「誰のことだそれは?」
この一言だけで一週間もの間生きた心地もせずに錯乱していただろう皆様の気持ちを八年後に追体験したりもしてみる私。
一人だけ「クマ」に注目している張奎がここでもなんか和み要因。
伏羲様の闘い方はいっそ華麗と呼びたいところ。でも「わしの最強装備」はきっと太極図のほかに「スープーと武吉ちゃん」もコミなんだと信じてる。
「わしだけは空間移動で地球に帰らせてもらうが」の、「深々と溶けるがいい」の、伏羲様が伏羲様がハァハァハァ!
あと誅仙陣が異常に好きです!WS弐でもいっつも使っています。現在進行形なのが地味にイヤですね。
さてここまで読んできて、残すところはあと一冊か。なんと早い……。
では、以下次回。

そのほか
・九竜神火罩から顔だけ出している太公望にどこからどういう角度のツッコミを入れればいいですか!
・そしてどんどん便利な機能が明らかになる六魂幡。ヒュラララララって効果音もグー
・喜媚戦の外道ぶりで敵味方合同のブーイングを受ける太公望さんは、今後の新体制に向けて妖怪と人間に共通の憎まれ役を演じることで結束を深めようとしていたのではないか、とか思ったら突然鬼のように切なくなりました。ばかばか!有り得そうで怖いわ!
・あれ?ところで時間退行→死亡→前世の姿に、って。あ。こ、これはトキタダレの実……ゲフンゲフン。
・あんな主人の為に泣いてやる四不象がいい奴すぎますよねー。
・捕虜ルックの妲己ちゃん、その重石がどこからどう見ても完膚なきまでに飾りでしかないことにどこからどういう角度の……あ、ツッコミとか、要らないのか。もはや。
・やっべえジョカ様と申公豹の骨格がそっくりで怖いぐらいです。P84の下2コマ参照
・「太公望と王天君が「伏羲」になってからみんなの前に現れるまで、すぐのようでいて実は1500時間、約二か月も立っている」というのは当時読んだ同人誌のトークで指摘されていたことですが未だにすごく気になる。
二か月もの間悩んで苦しんで、あの飄々とした登場はその果てのことだと思うともう。
・伏羲と再会してボディコンスーツに着替えたジョカ様が付け睫毛までしてるー!!?罪深きもの汝の名は女なり、と。
・「すごいや楊ゼンさんいつもロープを持ち歩いてるんですねっ!」
八年の間人々を考え込ませた発言がここにも。