覇穹封神演義#7「仙界大戦、開幕!!」感想

覇穹封神演義#7 仙界大戦、開幕!!

あらすじ。
崑崙を落とすために金鰲島を動かした聞仲。崑崙は太公望を司令官として迎え撃つことに。
次々に現れる金鰲のミサイル、そして大量の蒼巾力士を前に楊ゼンとナタクは善戦するものの、主砲を受けた崑崙山は甚大な被害を受ける。
楊ゼンは何事かを決意し、金鰲島に単身潜入するが。


以下の記事にはネタバレが含まれます。


お久しぶりです鳩野です。なんだかんだで次週になってしまったのでさくっといきたいです。しかも今現在鳩野さん花粉症で、およそ考えうる限りのひどいデバフを食らっている。薬を飲めばくしゃみと咳とかゆみは止まるが、代わりに石のように眠気が落ちてきて寝る。もう駄目だ。村の人たちには……この鳩は……最期まで太公望十二歳説を貫き通したと伝えてください……。

そんなわけでかなりのグダグダ(※私が)仙界大戦である。
ところでこの話だとアニメの作中ではまだ「崑崙が金鰲に体当たりをする」とゆう方針がイマイチ明確にされていないので、七話あらすじもふと見たらおかしなことになっていた。

「主砲の元始砲で対抗しようとするが、金鰲島に張り巡らされたバリアによって阻まれてしまう。(中略)バリアを解除するため金鰲島内に潜入した楊ゼンの前に〜」

いや、元始砲はもともとバリアを壊すためのもので、それが目的を果たせなかったのはエネルギー切れのせいだから。アニメでもちゃんと公主は「エネルギー切れ」って言ってるから。
バリアを解除しにいくのは体当たり作戦を成功させるためであって、元始砲はもう死に体だから。
八話あらすじではちゃんと、「バリア解除と共に崑崙山ごと通天砲にぶつける作戦」って言ってるんだけどな……。
どうも安心して見守れない。

あ、あの謎のアバンは本当にもうやめるようで何より。
ん?雲霄三姉妹?
趙公明いないのになんでいるんだキミタチ。え、三姉妹がいないと黄家を金鰲島に送る要員がいない?
アニメ製作の人しっかりして!このアニメなら武成王と天祥が特になんの理由もなく仙人界で戦ってたって問題ないから!
なお天化についてはそもそも趙公明戦がないなら怪我もしてないので置いていかれる理由はなく、リストラされた木タク金タクの代わりに崑崙防衛線に参加していてもいいレベルであるが、天化最近見ないね……。

これまでの描写では特に非協力的でもない十天君を、「無理やり戦地に引っ張り出す」と解説する申公豹。
ここまで金鰲島内部のことなんて思考材料もなければ予測も立てたことがなかったため、反応に困って誤魔化すようにいきなり
「おぬしまた見物をするつもりでは?」
とか言い出す主人公。申公豹はやつを買いかぶっている。
とうとう地殻変動が起こったのか、あからさまに位置のおかしい崑崙と金鰲島。大丈夫かこれを描いた人。世界地図レベルで西がどっちだか理解しているか。
何故か朝歌にいる四聖。金鰲で傷を癒してるのではなかったのか。まあ原作と違ってここの四聖、そもそも癒すほどの傷も負ってないけど。
方相方弼……(この世界に王太子がいなくてよかったなあという気持ち)

ふう。
ずっと言ってるけどさー原作の仙界大戦は入れ子構造なわけじゃないですか。
金鰲の武力と聞仲の行動原理を読み誤った太公望は戦略レベルでは最初から負けているが、その聞仲は実はそれ以前の段階で、妲己−王天君ラインによってガンガンに追い詰められているのだ。
聞仲にしてみればちょっと遠征してた間に女狐に殷と紂王をめちゃくちゃにされてそれを理由に崑崙が革命を謀り始め、金鰲の力を借りてなんとかしようとしたらそっちからは不信感を抱かれてこんな時にいきなり長期監禁され、その間に太公望率いる周軍がめっちゃ迫ってくるし親友もそっち行っちゃうしもうズタボロなわけですよ。
追い詰められた聞仲は既に手負いの母虎みたいなもんなんで、逆に言ってしまえば「だから」あんなに強いわけです。これはもはやドラマツルギーの領域ですらある。たった一つを残して全てを失った男が強くないはずはない、という話だ。
太公望たちにしてみれば聞仲は中ボスだけど、聞仲にしてみれば自分が沈んだらもう殷のために戦う者はいないってことですから。
それでこそ聞仲の冷徹さも際立つのだし、この構造を無視すると仙界大戦というのは全く意味が変わってくる……ぐらいならともかく、作劇として成り立たない可能性も最初からあったと思うのだが。
まあ、果たして成り立っていたかどうかは、今後の歴史が判断すると思います。
つーかアニメの十天君何もしてないのにこのまま王天君以外全滅して聞仲が「計 画 通 り」とか言ったらこの司令官ひどすぎない?

あれっ番天印だ。
(この世界に王太子がいなくて本当に良かったなあという気持ち)

まあなんだ、よかった探しでもするか。
・わけのわからない展開の中で、冴え渡る中村楊ゼンの演技。
・わけのわからない登場の中でも、轟きわたる雲霄三姉妹の演技。
・公主の演技は……あの劉環戦がないままこの絵だけで出てくるとただの小娘なんで、初見の人間にとっての方向性はブレないかもしれない。
初見の人とかもはやいねーよ!って私も思ってたんですけど、この間ガチの初見の人にリアルにお会いしたので、あまり断言してはいけないことを学んだ。

よかった探しね。
あとね。なんだろうね……。
……ここまで「頑張っている」「意図が理解できる」を一応褒め言葉のカテゴリに入れてきましたが、かなり厳しいなここんところ。
頑張ってないところとか意図が理解できないところが多すぎると、そうじゃないところってそれだけで評価「したい」気分になるわけですよ。それが最近なんとなくぼんやり「すべき」という気分になってきており、そこで勝手に圧迫されてましたねこれ。別に誰かに強要されたわけでもなく、自分で自分を追いつめていただけなんですけど。
で、私がそのフラストレーションを自覚できたのは張天君戦の亜空間の表現だったのだが。
あれなー。
このアニメにしてはまあ、頑張ってたわけじゃないですか。
やりたいこともわかった。あのめまぐるしく変わる空の色彩、明らかに「奇妙な世界」っていうのはすごく出てた。

ああこれ褒めなきゃいけねえのかなあ。

と思った瞬間どっと疲れて二週間倒れていた。
まあやりたいことは、わかるよ。
でもなんか、専門学校生の卒業制作みたいじゃない?
こうしましたああしましたすごいでしょ、という感じが非常につらい。まあすごいよこの作品の中にあれば。

でも全然センスない。

なんつうか、センスの話をしてしまうと実は正直最初から全部ヤバい域だと思っていたが、あまりに直截的な批難になりそうで避けていた。やーでもあれはちょっと。
完璧な作品というのは何も足すものがない作品のことではなく、何も引くものがない作品のことだという話があるじゃないですか。この紅砂陣、めちゃくちゃ引けるからね。たとえば「まどマギ」で描かれたイヌカレーの魔女空間とか見てくださいよ。勿論同じ「奇妙な空間」でも方向性は全然違うわけだしあっちは色彩も動きもてんこ盛りだけど、でもあれは引くものは確かにないと私は感じる。なんでかなーと思ったんですが、私こういう勉強を真面目にやったことって皆無なんでとりあえず自分の理論だけで考えてみた。
で、思ったんですが、魔女空間、多分必要な要素の上に必要な要素が乗っかっているから強いんですよ。必然性に裏打ちされた世界観の強度がある。
それは「常識が通用しない空間」の非理論性であり、極彩色の悪夢であり、そして「世界の悪意」であります。おそらく最後のがなければあの美術は、あそこまで悪趣味をきわめなくていいのだ。
では何故それが必要なのか?それはこの「悪意」がひとえに、進行する少女たちの悲劇の裏付けの一角を担っているからだ。ここで描かれているものは、純粋なかわいい夢が、悪夢に反転するという直喩でさえある。
……で、そういう強度が、なんかいまいち「紅砂陣」の表現からは感じられないんだよなあ。
あんなに質感のしっかりした物語から立ち上がってきた筈なのに、すごいブレる。ありえないレベルである。
なんか半妖態のうにょーんってやつに至っては、原作のトーンを再現したのはわかるけど信じられないぐらいダサかったしね……。

なんか背景の遠くの方に立ってる謎のオブジェだけは、「裏世界ピクニック」のウォーキングギヤロウズっぽい不気味さで嫌いではない。
ところで紅砂陣紅すぎて目がいたい。名前はああでも紅砂陣、別にあんなんじゃないと思うで。



原作の楊ゼンが単身バリア解除に成功したこの後の段階でもまだ「よかった……太公望師叔は僕を信用してくれたようだ……」みたいな気弱げな物言いをしてるのに、
比較して断然何もしていない覇穹楊ゼンが、「師叔の、みんなの信頼に応えるために!」とか、とっくに信頼されてるの前提の独白はじめて草。
さすが最初から依存先を求めてたやつは一味違う。
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