最近のYJ銀英伝

先日YJ誌上でジークフリード・キルヒアイスが、35年前から予定された死を迎えまして。
フジリュー銀英伝、感想がだいぶ…2年ぐらいかな、中断してるんですが毎週読んでおりますし面白いです。ただなんというのかな…あの…ほんと…藤崎竜の自由すぎる感じに原作信者の私がついていけないっていうか……。
ついったの個人アカでも書きましたけど、「自分の人生を捻じ曲げた漫画家と自分の人生を捻じ曲げた小説について解釈違いを起こす」ってすごくない?なにこの状況。
あのねーやりたいことはよくわかんの。そもそもが重度の原作厨でOVAにもほぼ興味なかったし(フジリュー版はじまってから完走しました)前の漫画版も読んでいない私がこれを読んでるのは描いているのがフジリューだからっていう理由だけなんですが、その私の目から見てもフジリューはかなりいろんなことを確信犯でやってると感じます。特にストーリー面の変更にそこは顕著で、たとえば今の時点でここまで物語の暗部にフェザーンをかませて来たのは、ラインハルトの今後のフェザーン侵攻にひとつ感情の置石をつくりたいんだろうなーってのがぱっと思い至るわけです。彼の行動から、冷徹な戦略上の判断「だけではない」ものを描ける要素を引っ張り出そうとしている。逆に言えばラインハルトの冷徹な行動に復讐という理由づけをしようとしている。
私はラインハルトのキルヒアイスと姉上以外どーでもいーキレたところが好きなのでやっぱその辺どうしても「ぐぬぬ」ってなってるんですけど、案外許容できてるのはフジリューが組み立ててる先にある全体設計図を漠然と予想できて、そこに気持ち悪さがあんまりないからだと思います。
でもそういう物語上の伏線とかと全く乖離したところで時々藤崎竜の頭がおかしい。

だから瀕死のキルヒアイスが「天使かと思いました」って口走った時、
正直キルヒアイスよりも、この愁嘆場で渾身のオリジ台詞ぶっこんでくる藤崎竜の神をも恐れぬ筆先に度肝を抜かれたんだよ……。
鳩野さん、このシーンでキルヒアイスを二度見したのは初めてだったな……。
いや原作でも天使かな?みたいなことは言ってたけどさ、ここじゃないじゃん!?それ伝えなきゃダメ!?今!!?まあわかるよ、自分の痛みよりもラインハルト様の美しさに感動しすぎて思わず言っちゃったんだよね、フジリューキルヒアイス怖っ。自分(キルヒアイス)の死に最高に傷ついてるラインハルト様に死ぬほど感銘を受けちゃったんだね……。死ぬけど。



「っていうかキルヒアイスほんとに縮んでて笑った。最近の作画じゃもっとでかかったよね!?やっぱあれじゃあ殺せないと思ったもん」
「フジリュー世界、自分の正義を信じてる人ほど大きいんよ。ほら大川(屍鬼)とか化け物みたく大きかったっしょ。聞仲もでかいし。でも飛虎はもっとでかいじゃん。そういうこと。キルヒアイスはラインハルトと仲違いしてやや揺れたから縮んだんよ。
太公望が小さいのは、太公望は自分の正義を信じているわけじゃないから」
「えっマジで?そういうことなの?」
「いや、今考えた。一秒ぐらいで」


次回ペンダントカチャ男爆誕。
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