ざっくり緑茶

というわけで緑茶。
日本ではおなじみですね。摘み立てを即・殺青したお茶です。中国茶も昔は全部これでした。
日本の緑茶は、よく「深蒸し」とか言われるように大抵蒸してつくりますが、中国茶では概ね煎ります。
まあどっちみち加熱しなきゃいけないんですが、なんで加熱するかというと当然水分が残ってると腐るからです。これを殺青と言います。発酵の話はあとでな。
んで、蒸したお茶は味ががっと出るようになるんですよ。
比較すると、煎ったお茶は香りが立ちます。
ほうじ茶をイメージしてもらうといいかもしれないですが、そこまで香ばしくなるほどは煎らないんですが。
結果的に良いところを伸ばそうとして、日本の緑茶と中国の緑茶は、それぞれ
「うまみを味わう」
「香りを楽しむ」
という二極に分かれていった感があります。

中国緑茶は淹れ方がまずいと、ほんと薄くなることが多いです。
というかちゃんと淹れても、いいお茶でも、一煎目はだいぶ薄いものとかがある。
ただ、いい緑茶をきちんと上手い人が淹れた場合、それが「ただの薄いお茶」にならないですね。
なんか「すごくおいしいまろやかなお湯」みたいな感じになります。なんだこれは?みたいな。
それが二、三煎めぐらいに更に「ん?」みたいな、変な多幸感と共にいい香りに包まれるというヤバい体験に変わり、四煎めになるとほぼハイになっています。
この時になると口から出る息もなんかいい香りになってくるので(この現象には中国語で「回香(フイシャン)」という名前がついている)、カフェインハイも相俟って多幸感が大変なことになる。
中国茶にハマる人間は大体これを体験しています。かなり薬物度が高いです。昔、大酒を飲む、っていうのと同じニュアンスで「大茶を飲む」って言葉がありましたけど、意味がよっくわかると思います。

緑茶で手に入りやすい良く聞く銘柄は、龍井茶とか碧螺春とか。
龍井茶のイメージは、たとえるなら飛虎。
人を強制的にハイにさせてくるさわやかさに、どっしりしたボディが根を下ろした旨みは鉄板。全く奇をてらわない、力技の魅力。
一方、「穏やかに見せて香りで殺す」のが碧螺春
惑乱されて「香りに殺されそう」と口走ったのは康熙帝といわれる。
こちらのイメージは…き、姫昌…(夢見すぎでは!!?)
いやーこれ姫昌と飛虎は逆でもいいのかもしれないんですけど私の中の、姫昌像すごいですからね
見つめるだけで女が落ちるし若い頃は見つめるだけで孕ませたしどっかの軍師様なんて一目もくれないままに落としました。
話がずれた。

(ちなみに中国でも宋代ぐらいまでは蒸した製法が主流であり、日本でこっちが残って独自の発展を遂げたらしいんですけど、中国にも一か所だけ蒸して作る緑茶が残っている土地があるんですけどむにゃむにゃ…)
(日本茶も煎ってつくるタイプのものもあるよねー)
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