ミュージカル封神演義〜始まりの刻〜

そんなわけで絶賛!ミュージカルを観てきました。
実際絶賛するかどうかまでは見解がわかれるところと思うが、数々の封神メディアミックス伝説の系譜の中にあって、確かに異色なほど完成度が高かったことは事実。
ワンダースワン仙界伝と勝るとも劣らない出来と言ってもよいと思われます。
太公望像をおそらく確信犯的に変えてきているので、そこをどう捉えるかが分かれ道。なお、これはどれだけ好意的に捉えても、いくつかの要素を鑑みて「解釈違い」ではなく「意図的な変更」だと私は考えました。
あとはその意図をどこまで許容できるかって問題ですが、

ゴメン私は全面的に無理。

とはいえ商業的に成功していることもあり、「全く理解ができない」「これでいいと思った理由がわからない」というような茫然自失からは今回自由の身であります。
まあ、一生懸命探さずともちゃんと美点もたくさんあったとかマジですごいよね。
これで心置きなく気になるところにだけツッコミを入れられるというもの。

以下の感想にはネタバレが含まれます。



ひとまずよかったところと、許容できつつも気になったところ。
Twitter投稿した分のまとめにちょっと補足しております。

舞台よかったところ
・舞台仕様に「風の壁」までの話を取捨選択して、かなりダイエットしつつうまいことまとめてた
・舞台ならではの演出が非常に鮮やか
・話が破綻してない
・賈氏が熱演
・李靖の身のこなしが何気にすごい気がした 多分誰かと兼役なんだろうけど李靖なのに!?って思うと注目してしまう
・話が破綻してない
・総じて舞台としては出来が良いのでは 大して造詣があるわけではないが、銀英の舞台とかはあかんところはほんとあかんかったからな…(キルヒアイスが噛みすぎて「ファイエル」って言えない舞台を君は見たか)
・楊戩の人の声めっちゃ楊戩だった……。なんか好みとしてはもう少し低くてもいいんですけどこれまでの中で一番脳内楊戩の声に近かったですね
・妲己様上手かったな〜リアル女性がやるのかなり難しいキャラじゃないかと思ってたんだけど
・話 が 破 綻 し て な い
・スープーぬいぐるみと黒子の人は、意外と慣れて面白く見られた。舞台ならではって感がある。
・ホー…ホー…嫌いじゃない

・あ、あと、最初「三次元であること」にかなり抵抗があったのは事実なんですが、実際なんか舞台見たら三次元感ってのはそんなになかったというか、座席がかなり遠かったのもあり「生身の俳優さんが演じている」ことへの違和感は意外となかったですね。
まあ、拒否反応が出たのはそこじゃなかったというか……。

はまぐりはまぐり飲みまくり に曲がついたよおフジリュー見てる????<ダントツ別格の嬉しかったところ

舞台微妙だったけどまあ止むをえないかなというところ
・聞仲の禁鞭の振り方、そんなリアル鞭みたくピシャーンピシャーンやるんじゃなくない?半径数キロのものを打ち据えてる動きがそんな小刻みなことなくない?
・王魔の人はもっと腹筋鍛えないとその服は…
・なぜか妲己より格下みたいになってちょくちょく小突かれてる申公豹、いやすっごい拒否反応ってわけじゃないけどなんでなん?とちょっと思った。大物同士のやりとりって感じは全くなかったですねそのまんま道化っていうか
・っていうかはきゅーでも散々「主人公が封神してねえ」って言われてたが、実はこの舞台でも主人公が封神してるシーンないんですよね 陳桐戦は概要だけ見せたけど魂魄飛ぶとこは飛ばしちゃったし
・兼役ネタをギャグにするのはねえ…殷氏周辺は特にあれギリッギリだよな私は力技で笑っちゃったけど。腹の下の方はやっぱちょっとずっと「うーん」って感じしてた。
・多分初期の太公望ストーカーを表現したいんだと思うんだけど、あっちこっちのシーンに一言も発さず佇んでいるだけの楊戩めちゃくちゃ面白いし気が散る
・哪吒のローラースケート笑っていいとこなんだよね!!?いやダメなの!?じゃあなんで、
途 中 か ら 脱 い だ の ! ! ! ! ? ?

……。
………。

………………………………。

………………そんじゃまあ、以下は無理だったところです。
(重苦しい顔)

・主 人 公 … 。
・とにかくタイボンの後に、泣いてたよね?
 泣くなよ。
 他はなんとかもうギャグとして笑い飛ばすとしても、あれだけは絶対に許さないからな。しかも「ぐすっ」みたいな、ひどいすすりあげ方である。
原作で決して泣かなかった太公望、仙界大戦が終わるまで涙を見せなかった太公望は、この時舞台からいなくなったと思う。
その後のタイボンで殺された同族のものに最後まで戦うことの大切さを教えられた(概要)、みたいなオリジナル台詞も、本当に嫌悪で気が遠くなるかと思った。ある意味キャバクラ云々より腹が立った点かもしれない。

いや、そりゃここを原作通りにやれないのはわかるわけです。
罪悪感から茫然自失した太公望が、武成王にかっさらわれてどうにか助かるまで為されるがままのでくのぼうと化してたっていうのを、この尺でこの舞台で再現するのは難しいだろう。
でもさー自分の軽率なミスで同族を鏖殺された人間が言える台詞かどうかを考えて言わせてほしいんですよ。
「死んだ同族たちの悲劇は自分に教えてくれるものがあった(要約)」って、そりゃ自分の瑕疵がないか軽い場合ならそう言えるかもしれないですよ。でも太公望はそうじゃねえだろう。いや、我々がどう思っているかじゃなく、太公望本人がどう捉えているかの話である。たとえば救えなかった患者の方を前に医師が、「それでもこの患者さんに教えられたことはある」って悲壮な想いを抱くなら理解できる。でも医療ミスで亡くなった方を前にして、当の医療ミスに責任の一端でもある人間がそれ言ったらサイコパスですよね。

否、正しくは「責任を認知していれば」サイコパスだが、
「責任がないと思っているなら」ただの軽薄な人格なので、
こいつの場合はおそらく後者。
自分に責任があると思っていないから、単に同族が死んで悲しいと言って泣くこともできる。確かにまことに一貫している。

(まあその後武吉とのやりとりを原作通りにしてきたところでは、えっやっぱり責任感じてたの?ってびっくりしたけど……)

……んで私は、冒頭で書いた通り、これは「解釈違い」ではなく「意図的な変更」だと思っている。
 正しい意味の確信犯ってやつです。

いや、たとえばさー。
楊の人も、テストの後、謎のオリジナル台詞言い出したわけじゃないですか。
「僕のテストは終わりましたが、あなたの試練はまだ終わりませんよ…!」とかなんとか。
正直なところあれについても
「お?何オモシロ言動はじめたんだこいつ」
と思わざるを得ませんでしたが、でもこういうのがまー「解釈違い」の範疇だと思うんですよ。
個人的にはテストが終了した後のようぜんさんは師叔にこんな上からものを言える人じゃあないですけど、そういう楊ゼン像をこの時点で見いだせないかっていうと、まーがんばれば見いだせないこともないかな……?と思うわけです。
もっというなら私は楊ゼンに潔癖症疑惑を抱いてるので、ほぼ初対面に近い相手にあんな密着されてぐいぐい来られたらそれだけで心の壁できるんじゃねーかなとか思っちゃうけど、別にだからってあのへんを「キャラが違う!」って言おうとは思わないですね。ああゆうなんかお坊ちゃんぽい反応もしないとも限らないかなーぐらいになるよ。

でも「春の過ぎたジジイはイヤッスねえ」のセリフを抹消して
「二次会でキャバクラッスか」のツッコミをねじ込むのは「解釈違いだから」では片付けられない。
原作太公望が封神計画を任命された時、内心で「してやったり」と思っていた――ということが判明するのは終盤なので舞台でのフォローは難しいにしても、
この主人公は申公豹に吹っ飛ばされて殷王家墓前まで来て初めて、
「あっそれでわしが封神計画とやらに選ばれたのかー!」
って気づく
人だ。
これを解釈違いとは、私は言えない。
では意図があってやったなら、その意図にどこまで正当性を求めるか、という話になるわけです。
まずそこに立脚した上でなら、まあ、ウケてたし作品内での一貫性もあるのでこれでいい、という見方もあっていいんじゃないですか?資本主義だしね。
私はもちろん無理ですが、別に全員同じ感想持たなきゃいけないわけじゃあない。
役者さんもがんばってた。『無責任でクズめだけど頭が回るおっさんくさい話し方の兄ちゃん』を熱演されていた。

……それ、確か、仙界伝で見たな。

お疲れ様でした。
(墓から起き上がってきたなんかに)

「ってゆうかまだ主人公の語尾が「〜じゃ」って言ってるんだけど、去年からあんだけいろんな人がツッコンでんのにいまだに公式がこれやらかすってすごくない?多分全く届いてないよ、ファンの苦言。もっと言っていいってことだよきっと」
「いや、あれじゃない?このキャラは似てるけど太公望そのものではありませんっていう目印。ある意味親切
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