星の時間ひとの時間



なんか質問箱とゆうのをツイッターでやっていたんですが、これは要するに「百の質問」「インタビューズ」「ask」から続く連綿たるネット質問ツールです。
んで質問箱がこの間なかなかのやらかし的なことをしてしまったらしくしばらく落ちてて、その間に似たサービスの「マシュマロ」ってやつがあったのでそっちをやってて、これはそこでもらった質問です。
マシュマロはなんかAIさんが攻撃的な言い方とかは削除する形式らしいんですが、私はそういう機能はいらないなーと思ったんで切ってあります。
いちおうブログしか見てない方にはツイッターでの出来事を知らなくてもわかるように書きたい気がしているので、以上解説でした。

んで、この文章は特に長いわけでもないんですが、ツイッターだとぶつ切りになっちゃって嫌なんでエントリにした。

基本この疑問への答えとしては、楊ゼンは太公望よりずっと若い生命なのだ、という線が一番万人を納得させるんじゃないかなーと思ってるわけなんですが。
人間として一度は生を受けた太公望が本来の時間ではもう晩年なのと比較すると、楊ゼンの妖怪の種としての寿命は仙道云々以前にずっと長くて、その中では楊ゼンはまだ青年期の入り口なのではないか、ってゆう。

でも実際のところさー。
12歳時点で既に一族集団の中で自分の仕事を探してこなしてた人じゃないですか。太公望は。
一度それを全部失って、世の中を変えるために何ができるのか考え続けてた太公望の60年間と、
言い方は悪いですが複雑な出自を持ちつつも環境と能力にはダントツで恵まれて、崑崙の中で自分のアイデンティティについて好きなだけ悩んでればよかった楊ゼンの200年間って、
やっぱ同じ軸で計れる時間じゃないなっていうのが大きいですね私は。

そんなことしてたから太公望は崑崙にいながらまるで地上にいるように精神が円熟し老成してったんだと思ってて、もしそうならあの口調は当然の結果でしかない。

楊ゼンのほうは太公望とゆう相手に出会ってそういう「自意識を自分の主軸に置く生き方」自体が覆ったんだと思ってるし、もしそうなら楊ゼンにとって太公望は、すかすかのスポンジに降ってきた土砂降りの雨みたいなものだ。
19の「小田急柿生」って歌の中に「君が雨なら僕は体中ずぶ濡れになる」って歌詞があるけどそんな感じですね。あの歌は悲恋ですけど。あとどうでもいいのですがこの「小田急柿生」って、私の母校の最寄り駅です。
本当にどうでもいいな。
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