石垣島などに行ってきた2019【その4〜最終回】

最終日 沖縄プチ楊太会

 

本島に帰ってきた次の日はだいぶ遅くまで寝た。
結局石垣島から帰ってきてから再び沖バナさんの親戚宅にリターンしてまた泊めていただき(本来ならこの最終日だけ邪魔するはずだった)沖バナさんのお祖父さまお祖母さまにお礼を申し上げ、彼女の淡い桃色のラパンで10時ごろ出動。
この車の色は覚えておかれたい。

 

今日は私の知るもう一人の沖縄楊太人、梓ゆきさんに会いにゆく。
梓さんは昔っからの付き合いで、もともと楊太と太乙受けの絵描きさん。ちなみにおかげさまで皆様に愛されている「APE」は元々梓さんのリクエストから広がった話である。

っていうかそういや実は私がこっそり運営している殷郊botのアイコンも梓さん作じゃん。
そんなわけでかなりお世話になっている人なのだが、ここ数年はご無沙汰していたので、お会いするのが楽しみだった。

 

待ち合わせはどこかコロニアルスタイルめいた調度がかわいい、歴史ある洋食屋さん「ローズガーデン」。
擬人化するなら上品でどこかかわいい老婦人といった店構えで、狭い店内いっぱいにお客が詰め込まれていてもなんだか落ちつくお店。もちろん掃除は行き届いている。
カーナビに惑わされてまたまた迷ったが、なんとか辿り着いた。(なんかナビが強硬に通行止めの道を通れって言ってきたんだよ)
お手頃なメニューは豊富でどれもおいしそう。トースト付オムレツと、グリーントマトのフライをチョイスしました。
グリーントマトのフライは青臭さも全くなくしっとりジューシー、どこかほくほくとした食感もあって、私が今後トマトの植物図鑑を編纂するなら「未熟果の食味良」と書くだろうな〜!と思いましたね。
トースト付オムレツも、オムレツの具の種類がベーコンやソーセージなどたくさんあって目移りしてしまう。結局迷いすぎてどれを選んだのか忘れてしまったが、とにかくおいしかった……
しかし、量が、すごい。
多分冗談抜きで、駐屯する米軍やその家族とかに向けたメニューサイズなんだと思う。外国人のお客さんも多かった。
私は同年代女子どころか十代と較べても決して食べる量には引けを取らないと自負しているけどやばい。いやこれまじでやばい。食べても食べても減らない。
「えっメニューに『卵三個を使用したオムレツ』とか書いてあった気がするんですけど!?」
「これ絶対卵三個どころじゃないよ!三個だとしたら、それは鶏の卵じゃないよ!!
なんか二郎とかの大盛りラーメンで、上に載ってる野菜炒め食べてわーおなかいっぱい!ってなったらまだ普通にその下にラーメンが丸々残ってる、みたいなやつ……話には聞いたことあるんだけど…いや食べたことはないんだけど、あれをほうふつとさせます。あと福岡の牧のうどんだっけ、ひつじが言ってた!食べてるうちに麺がつゆを吸ってどんどん増えていくって……。
走馬灯のように「大盛り料理」についての話が頭を駆け巡りながらもなんとか時間をかけて完食。いやおいしかったです。
「やー昔イベントやってた時は一日一食ここで食べるのがすべて、みたいな生活してましたね!」(梓さんは昔YOUが進出する以前沖縄で同人イベント運営に携わっていた)
バイタリティ……。

 

 

マグカップとの大きさの対比で察してほしい

 

ローズガーデンではなんかたくさん普段はしないような話ができて、私はとても楽しかったしうれしかったですね。二人ともそう思ってくれていたらうれしいのですが。
あと、頭上でゆっくり回っている天井扇を見て、
「楊太の部屋のあれになりたい……」みたいな話をしてましたね。(これはいつも通り)
なんだかんだで一生懸命食べたりお茶をしたりしていたら三時ぐらいになってしまい、この後どうする?と二人が聞いてくれたので、お言葉に甘えて「普天間宮」と、
「前回案内してもらったあの……昔の井戸が御嶽になっているところ、あそこにもう一度行ってみたいです」
「あー!松山御殿の」
それは琉球王朝の離宮「松山御殿」で井戸として使われていた湧水地を整備した、鬱蒼と木々が茂る御嶽である。名称としては「指司笠樋川(サシカサヒージャー)(ヒージャー=湧水)」。
御嶽(うたき)というとなじみがない人もいるかもしれないが、沖縄では御嶽と呼ばれている古くからある信仰に根差した聖域が多くあり、土地の人々に大切に守られている。簡単すぎる説明ですみません。
さて足がないナイチャー、今度は梓さんの車に乗せてもらうことにする。
「車これ!乗ってね」
「あっありがとうございます……えっこの、目の覚めるようなブルーの車体が…!?」
梓さんの車は、ロイヤルブルーの存在感あふれるワゴン(クルマに詳しくないので車体名称が違ったらすみません)。
振り返ると沖バナさんの車は、この数日で見慣れた淡い桃色のラパン。
なんだ君ら。
車で楊太しとんのか。
(※二人は今日が初対面)

 

車で少し走ると大通り沿い、すぐに普天間宮に至る。
普天間宮は琉球八社のひとつだが、他の全ての沖縄の土地と同じように、沖縄戦と米軍による土地の接収に耐えてきた歴史がある。かつて那覇から続いていた松並木の参道は、現在すべて基地の中で立ち入ることができない。
というようなことは全く知らなかったが、私は行く道で見かけ、奥の院が裏の鍾乳洞にあると聞いてなんだか行ってみたくなったのでした。実は石垣島で鍾乳洞に行こうとして、アレがアレして行き損ねていたので……。
沖縄では御嶽と同様、神社もとても大切にされている。
掃き清められた神社を参拝して、私たちの他にも何人かいる希望者と共に決められた時間まで待ち、巫女の方に案内されて奥の院の坐す洞窟へ。
正面に小ぢんまりした社があって空間は左右に広がっており、右手に行くと外に抜けられる。
左手は奥に続いており、その先が見えない。
「普天間キャンプの地下まで続いているという話ですよ」
「うおおおおお……」
奥が見えない鍾乳洞ってなんかぞわぞわする(それが魅力)と常々思っていたが、この地の鍾乳洞は一味違う。
あとなぜか手前にネズミ取りが仕掛けられていた。ネズミが!?いるの!?食べるものもなさそうなのに。
お社のあたりは涼しく、普天間で「一番」静かな場所でありました。

 

さて、指司笠樋川へ。
この隣の松山御殿(首里城の離宮)には、昔気の利いたイタリアンを出してくれるレストランがあった。前々回の沖縄行きの時には連れて行ってもらい、庭園を見ながら食事をいただくことができた。(※前回の旅行記参照
この6年の間にお店はつぶれてしまったとのこと。諸行無常だが湧水は尽きない。
ここは御嶽と同様、拝みをする人のために解放されているが、前回も今回も人に会うことはなかった。

 

 

湧水地は整備され、下まで降りていけるようになっている。見上げる緑がうつくしい。

 

さて、梓さんはこれから同居人VANさんの仕事の送迎があるとのことでここの駐車場でお別れ。

名残を惜しむともういい時間だったので、沖バナさんが那覇空港まで載せていってくれるとのこと。
本当に私は沖縄に行くと(沖縄だけじゃないけど)友達にお世話になりっぱなしですね。
うう……ありがとう……。
フライトは20時。空港ではなんかもうおなかもいっぱいで、お店にも入らずにラウンジでしゃべっていた。
しかしこのへんから沖バナさんの元気がだんだんなくなってしょんぼりしてきた。
「大丈夫?なんか具合悪い?」
「うっ違うの別れがさびしくて……」
ええーっごめんよさびしいねえーーー!
再会を約して別れる。
沖バナさんは搭乗ゲートまで見送ってくれました。

沖縄、最終日になってもクソ寒くてやばかったからなのか、あるいはやはり楊戩の呪いなのか、帰ったら二人とも風邪で倒れた……。

 

風邪がようやく治ったので一週間ぐらいして遅ればせながら荷物を整理してたら、沖バナさんのお母様が初日に用意していてくださったいっぱいのお菓子の中から、一つ頂いてきた「くきわかめ」がまだちょっと残っていた。
のでそれを食べながらこれを書きはじめましたが、書き終わる時にはとっくに完食して梅雨がきており、今日はその晴れ間の日が燦々と外にさしております。
くきわかめ大好き。

 

 

石垣島で見かけた親近感を覚える店

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