十二国記新刊読んだ

あんまり封神演義関係ないけどまあきっとみんな読んでいると信じているので書きます。えっ読んでない?じゃあ読んでくださいぬ(解決)フジリューがコミカライズした「屍鬼」の原作者の代表作です。今は新潮文庫で出ています。

 

要約すると今回の泰麒が〜うおおお〜〜〜〜アツイぜ!という感じです。
物語の帰結がどうなるかはまだわからんのですが、もうあの泰麒を見られただけで私としては……この18年は……。
という感想。
ちなみに鳩野は雁ファンです。
よろしくお願いします。

 

・改めて、いやーほんと18年長かった。私そんなに新刊を心待ちにし続けてた組でもないんですけど、出てみるとその長さに呆然とする。
(私の場合黄昏が出たタイミングで手を出したので、十二国記歴=新刊待ち歴と言っても過言ではない)

 

・これまでと比べてもギャグはすごく少なかったな〜と思うんですが、その分緊張感が持続していてよかった。
小野作品の前半は毎度軽快なテンポではなく低く重低音が這ううねりのパートなのであるが、小野不由美の「絶対に読み手を離さない力」というスタンドは実は当代有数の強力さなので、この能力が全く衰えていないことがわかった。
友人二人と立て続けに読んだ(台風の日に朝一で私が買ってきた新刊を回し読みした)んですが、全員読み始めると本を離さなくなってたからな。

そして一つには「こういう緊張感、空気」を書きたかったがために、講談社WHを離れざるをえなかったのであろうな……という感はありますね……。

 

・もう一つはアレ。
いや、驍宗さまはさあ…好きな人には申し訳ないんだけど、結局泰麒の知らんとこで粛清しようとするかなんかして下手踏んで転んで国家を転覆の危機に陥れ、しかも六年間音信不通で結局その泰麒に政治方面で尻拭いしてもらってる王様ちょっとな〜〜〜というのが正直なところなんですよね私!!
でも実は「風の海〜」でも「黄昏〜」でも今作でも、あの人王様としてはイマイチまだ輪郭がないなって感じはあって。
先は読める人なんだろうし民への想いやりもあるんだけど、「どういう国にしたいのか」みたいなのがやっぱいまいち見えないんですよ。
結局驍宗も、ここからもう一段成長しなきゃいけないんじゃないの?っていう雰囲気があって、え〜っでもじゃあいい年したおっさんが泥を掴んで成長する話をWHで書けるの?それウケるの?っていうところにも、やっぱりレーベルを変える理由はあったのかなーと思いました。誰しもスパダリではいられねえんだよ……。

 

・しかし緊張感の中に無理やりさりげなく「同僚と話しながら服を脱いでいく男」を入れてきたのはなんなの????ほぼ唯一ともいえるギャグエッセンスに何でこれを選んだの????小野不由美が……ワカラナイ……

 

・麒麟にとって大切なのは民なの王なのって話、これまで地味にファンの間でも結構ずっと命題だったと思うんですが、「黄昏〜」では廉麟が「王です」って言い切ったのにも関わらず、今回泰麒まわりで
「いや、民>王ですねどう考えても」
って感じになっておりなんか笑った。
まあ矛盾はしないのかもしれない、前者は「好き嫌い」で後者は「優先順位」の話だと考えれば、好き嫌いを優先順位に反映させないのは国家運営レベルの話では当然だし……。

 

・はい。

 

私はもう本当に今回の泰麒がめちゃめちゃ好きで、ただなんかこの気持ちは
「六太が見ていたらさぞかし喜ぶだろう……」
っていう種類の「喜び」であることは否定できないです。
正直戴の行方が気になってたのも、
えっ、あんなに泰王泰麒のために六太はじめ麒麟ちゃんたちががんばったんだからどうにかなってくれないと……
みたいな気分が強い。あっもちろん李斎が一番頑張ったんですけど!そこは本当すごいと思ってる!李斎好き。今回もがんばってた!

元々黄昏〜が、すごく好きなんですよ。なんでって六太が……本当に嬉しそうなので……。
あの子下手に国が豊かになっちまったもんだから自国民以外の民への慈悲も絶対抑えきれないんですけど、それはやっぱり役割じゃないし尚隆が言ったように何もかもやってられるわけないし、わかってるけど国外のことを陳情しては却下されるみたいなやつ繰り返してたんだなーっていうのがあの話ではよくわかってしまったじゃないですか。
実際自国が繁栄してれば延台輔の健康は基本問題ないんですが、じゃあ麒麟の慈悲って最終的にはただの自己保存本能なんですかね、ってところがあります。いや多分極論を言えばそうなんです。そして生物はみんなそうだといえばそれまでなんですが、知能が高いのでやはりそれに傷つくんですよあの人は……。
だから、その枠じゃなくて、純粋に戴のちびを助けるためにみんなで知恵を出し合うこととかできて、そこの六太がすごくイキイキしていたのが、あの話では涙が出るほどかわいかった。
尚隆が言ってることも正しくて、でも実際国力のある国が効率よく手助けできれば自分とこのためにもなるというのも事実で、だからこそあれはその辺までひっくるめて「きっかけを貰えた話」として本当によかったなーと思ってて。

 

だからどうしても私は十八年後のこの物語を、その地続きとして読むのであった。

 

帰ってきてからの今回の泰麒の行動、どう見ても自己保存本能に一切基いてねえ。
「自分が死んだらそれでも良い、次の麒麟が実れば事態はいい方向に動くのだ」という認識からスタートしたあの行動……。
民のためなら官吏を恫喝し、言質を取り、既に戴を見捨てた天の怒りなど何も怖くないと言わんばかりに天意を偽り、覚悟完了しすぎて逆に「本当に麒麟なの!?」みたいな感想を抱かれる泰麒……ほんとめっちゃ面白かったな。
有史以来、「命を賭けると言ったんだから賭けろよ(要約)」と言い放った麒麟がいるだろうか????
新刊が出る前に黒髪だから戻った戴で麒麟だと言っても疑われてしまうのでは?などと心配していた読者諸氏、
まさか言動が黒すぎて麒麟かどうかを疑われるとか、誰一人予想もしなかったよね?????

 

――でもより多くの命のために冷静に考えた結果、自分の死(それは愛する王の死とイコールですらある)をコマにする行動を淡々と選んだ泰麒に私は心をうたれたし、麒麟がそういう風に生きられる、獣の部分を押さえこんででも民のために行動する事が出来るのだ、という事実自体について、六太はきっと知ったらうれしいんじゃないかと思うんです。

(阿選がガチで次王だとは私はあんまり思わないので…いやそうだったら笑うけど…)
戴については本当に「泰麒がどのように成長したのか」ってのが私の最大の気がかりポイントだったということが、新刊読んで自己分析できました。はあ〜〜〜〜感慨深い……。
そういう意味ではなんかもう大満足なんである。珍しい感想だと思います。

 

というか私、雁以外の国は割と横並びでみんな好きなんですけど、これまで戴はそうでもなかったんですよ。
なんというか嫌いでは全然ないんですが、思い入れがあんましなかった。
「風の海〜」は「麒麟の本能についての解説書」として読んだので、ちび泰麒については「かわいい子供として提供されている通りの可愛さ」をもぐもぐいただいた感じ。
驍宗はなんか…ごめん好きな人にはマジで申し訳ないんですが(二度目)、10歳とかのショタにその態度、正直わずかなキモさを感じたよね……。

でもあれもな〜あの人完全に泰麒を「天の意志の器」として見てるっぽかったから「そういう存在」に対する態度なんかな〜って感じあります。
それは正しいといえば正しいと思うし、そゆのも含めてあの話を「麒麟とは、王とは」みたいな解説として読んだところある。
ただ、基本十二国記のストーリーラインって「運命に抗い自己と世界の在り方に疑問を持ち続ける」みたいな人がメインで、そこが好きなんで、
疑問もとけたし順風満帆!ハッピーエンドや〜!
みたいな「風の海〜」の終わり方は「そうかよかったな」になっちゃったという。

 

あの時既に前作の「月の影〜」とか、ぶっちゃけ第一作の「魔性の子」で、全然よくなかったことは死ぬほど示唆されてたわけなんですけど。

 

 

以下、ややまとまらない話。
とにかく私、十二国記の麒麟という生き物が好きで。
この物語の前提として、麒麟は「人間ではない」というのがあります。
最近久々に色々感想とか見て回ったら意外とこの前提で話してない人もいてびっくりしましたが、本性として血や争いなどの穢れを好まない、穢れや怨嗟に依って病んで死ぬ、という生き物は人間と同じ論理では絶対括れないです。原則的には人間と恋愛もしないと思う。種族違うから。(あくまで原則だし人語を解するし知性があるし友好的なので人間側は勘違いすることもある)

 

人間の場合、表面に現れる性格として
「慈悲深く温和で、争いを好まず、人を傷つけたがらない」
っていうのは、もちろん生まれ持った性格もあると思いますが場合によっては彼が育ててきた倫理や道徳、或いは処世術の結果だったりもするじゃないですか。
でも麒麟の場合これ上でも言ったように、本来百%自己保存本能ですからね。
死ぬから!自分が!民の怨みとかで!!死ぬ!!!
というところからスタートしたいところです。
だから極端な話、麒麟に「偽善ウザい」みたいなこと言ってる人がいたとしたら完全にバカなんですよ。そういう体質だっつーの。お前は時々Twitterとかで告発されてるアレルギーと好き嫌いを混同するおばちゃんか。

 

閑話休題。

で、私は人間とは違う生態と本能に依って動いている人間のかたちをした生き物、という概念がめちゃくちゃに好きで。

太公望も実は微妙にそのくくりなんですけど、はい……。
ちなみに本当に麒麟らしい麒麟、というか「その本能に完全にべったりした獣」は采麟とか氾麟なんだと思ってる。供麒もそれっぽい。
彼らは彼らで、本当に美しい、悲しい生き物だなあと思うんだよ。

……。

全くまとまらないのでおしまい。

いやー11月の続きが楽しみですね。


 

封神の十二国記パロはもう名作がいっぱいあるので私が今更あれこれ言うのもアレですけど、返す返すも太公望が麒麟ぽいのはいかんともし難い。
でも封神で十二国記パロしようと思ったらどう考えても発太になる。笑
楊戩は使令。間違いない。折伏されたよ。

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