石垣島などに行ってきた2019【その4〜最終回】

最終日 沖縄プチ楊太会

 

本島に帰ってきた次の日はだいぶ遅くまで寝た。
結局石垣島から帰ってきてから再び沖バナさんの親戚宅にリターンしてまた泊めていただき(本来ならこの最終日だけ邪魔するはずだった)沖バナさんのお祖父さまお祖母さまにお礼を申し上げ、彼女の淡い桃色のラパンで10時ごろ出動。
この車の色は覚えておかれたい。

 

今日は私の知るもう一人の沖縄楊太人、梓ゆきさんに会いにゆく。
梓さんは昔っからの付き合いで、もともと楊太と太乙受けの絵描きさん。ちなみにおかげさまで皆様に愛されている「APE」は元々梓さんのリクエストから広がった話である。

っていうかそういや実は私がこっそり運営している殷郊botのアイコンも梓さん作じゃん。
そんなわけでかなりお世話になっている人なのだが、ここ数年はご無沙汰していたので、お会いするのが楽しみだった。

 

待ち合わせはどこかコロニアルスタイルめいた調度がかわいい、歴史ある洋食屋さん「ローズガーデン」。
擬人化するなら上品でどこかかわいい老婦人といった店構えで、狭い店内いっぱいにお客が詰め込まれていてもなんだか落ちつくお店。もちろん掃除は行き届いている。
カーナビに惑わされてまたまた迷ったが、なんとか辿り着いた。(なんかナビが強硬に通行止めの道を通れって言ってきたんだよ)
お手頃なメニューは豊富でどれもおいしそう。トースト付オムレツと、グリーントマトのフライをチョイスしました。
グリーントマトのフライは青臭さも全くなくしっとりジューシー、どこかほくほくとした食感もあって、私が今後トマトの植物図鑑を編纂するなら「未熟果の食味良」と書くだろうな〜!と思いましたね。
トースト付オムレツも、オムレツの具の種類がベーコンやソーセージなどたくさんあって目移りしてしまう。結局迷いすぎてどれを選んだのか忘れてしまったが、とにかくおいしかった……
しかし、量が、すごい。
多分冗談抜きで、駐屯する米軍やその家族とかに向けたメニューサイズなんだと思う。外国人のお客さんも多かった。
私は同年代女子どころか十代と較べても決して食べる量には引けを取らないと自負しているけどやばい。いやこれまじでやばい。食べても食べても減らない。
「えっメニューに『卵三個を使用したオムレツ』とか書いてあった気がするんですけど!?」
「これ絶対卵三個どころじゃないよ!三個だとしたら、それは鶏の卵じゃないよ!!
なんか二郎とかの大盛りラーメンで、上に載ってる野菜炒め食べてわーおなかいっぱい!ってなったらまだ普通にその下にラーメンが丸々残ってる、みたいなやつ……話には聞いたことあるんだけど…いや食べたことはないんだけど、あれをほうふつとさせます。あと福岡の牧のうどんだっけ、ひつじが言ってた!食べてるうちに麺がつゆを吸ってどんどん増えていくって……。
走馬灯のように「大盛り料理」についての話が頭を駆け巡りながらもなんとか時間をかけて完食。いやおいしかったです。
「やー昔イベントやってた時は一日一食ここで食べるのがすべて、みたいな生活してましたね!」(梓さんは昔YOUが進出する以前沖縄で同人イベント運営に携わっていた)
バイタリティ……。

 

 

マグカップとの大きさの対比で察してほしい

 

ローズガーデンではなんかたくさん普段はしないような話ができて、私はとても楽しかったしうれしかったですね。二人ともそう思ってくれていたらうれしいのですが。
あと、頭上でゆっくり回っている天井扇を見て、
「楊太の部屋のあれになりたい……」みたいな話をしてましたね。(これはいつも通り)
なんだかんだで一生懸命食べたりお茶をしたりしていたら三時ぐらいになってしまい、この後どうする?と二人が聞いてくれたので、お言葉に甘えて「普天間宮」と、
「前回案内してもらったあの……昔の井戸が御嶽になっているところ、あそこにもう一度行ってみたいです」
「あー!松山御殿の」
それは琉球王朝の離宮「松山御殿」で井戸として使われていた湧水地を整備した、鬱蒼と木々が茂る御嶽である。名称としては「指司笠樋川(サシカサヒージャー)(ヒージャー=湧水)」。
御嶽(うたき)というとなじみがない人もいるかもしれないが、沖縄では御嶽と呼ばれている古くからある信仰に根差した聖域が多くあり、土地の人々に大切に守られている。簡単すぎる説明ですみません。
さて足がないナイチャー、今度は梓さんの車に乗せてもらうことにする。
「車これ!乗ってね」
「あっありがとうございます……えっこの、目の覚めるようなブルーの車体が…!?」
梓さんの車は、ロイヤルブルーの存在感あふれるワゴン(クルマに詳しくないので車体名称が違ったらすみません)。
振り返ると沖バナさんの車は、この数日で見慣れた淡い桃色のラパン。
なんだ君ら。
車で楊太しとんのか。
(※二人は今日が初対面)

 

車で少し走ると大通り沿い、すぐに普天間宮に至る。
普天間宮は琉球八社のひとつだが、他の全ての沖縄の土地と同じように、沖縄戦と米軍による土地の接収に耐えてきた歴史がある。かつて那覇から続いていた松並木の参道は、現在すべて基地の中で立ち入ることができない。
というようなことは全く知らなかったが、私は行く道で見かけ、奥の院が裏の鍾乳洞にあると聞いてなんだか行ってみたくなったのでした。実は石垣島で鍾乳洞に行こうとして、アレがアレして行き損ねていたので……。
沖縄では御嶽と同様、神社もとても大切にされている。
掃き清められた神社を参拝して、私たちの他にも何人かいる希望者と共に決められた時間まで待ち、巫女の方に案内されて奥の院の坐す洞窟へ。
正面に小ぢんまりした社があって空間は左右に広がっており、右手に行くと外に抜けられる。
左手は奥に続いており、その先が見えない。
「普天間キャンプの地下まで続いているという話ですよ」
「うおおおおお……」
奥が見えない鍾乳洞ってなんかぞわぞわする(それが魅力)と常々思っていたが、この地の鍾乳洞は一味違う。
あとなぜか手前にネズミ取りが仕掛けられていた。ネズミが!?いるの!?食べるものもなさそうなのに。
お社のあたりは涼しく、普天間で「一番」静かな場所でありました。

 

さて、指司笠樋川へ。
この隣の松山御殿(首里城の離宮)には、昔気の利いたイタリアンを出してくれるレストランがあった。前々回の沖縄行きの時には連れて行ってもらい、庭園を見ながら食事をいただくことができた。(※前回の旅行記参照
この6年の間にお店はつぶれてしまったとのこと。諸行無常だが湧水は尽きない。
ここは御嶽と同様、拝みをする人のために解放されているが、前回も今回も人に会うことはなかった。

 

 

湧水地は整備され、下まで降りていけるようになっている。見上げる緑がうつくしい。

 

さて、梓さんはこれから同居人VANさんの仕事の送迎があるとのことでここの駐車場でお別れ。

名残を惜しむともういい時間だったので、沖バナさんが那覇空港まで載せていってくれるとのこと。
本当に私は沖縄に行くと(沖縄だけじゃないけど)友達にお世話になりっぱなしですね。
うう……ありがとう……。
フライトは20時。空港ではなんかもうおなかもいっぱいで、お店にも入らずにラウンジでしゃべっていた。
しかしこのへんから沖バナさんの元気がだんだんなくなってしょんぼりしてきた。
「大丈夫?なんか具合悪い?」
「うっ違うの別れがさびしくて……」
ええーっごめんよさびしいねえーーー!
再会を約して別れる。
沖バナさんは搭乗ゲートまで見送ってくれました。

沖縄、最終日になってもクソ寒くてやばかったからなのか、あるいはやはり楊戩の呪いなのか、帰ったら二人とも風邪で倒れた……。

 

風邪がようやく治ったので一週間ぐらいして遅ればせながら荷物を整理してたら、沖バナさんのお母様が初日に用意していてくださったいっぱいのお菓子の中から、一つ頂いてきた「くきわかめ」がまだちょっと残っていた。
のでそれを食べながらこれを書きはじめましたが、書き終わる時にはとっくに完食して梅雨がきており、今日はその晴れ間の日が燦々と外にさしております。
くきわかめ大好き。

 

 

石垣島で見かけた親近感を覚える店

風と共に去ったりした

最近読んだ小説の話。

封神あんまり関係ないです。

というわけで五月は小説「風と共に去りぬ」(本家)が面白すぎて死んでた。
文庫にして全五巻だが、なんでこんなに長いのかというと、4年間続いた南北戦争の戦前から東部戦線の銃後、および長い戦後を南側ブルジョアの視点から詳細に書いているからだ。
私にとって「風と共に去りぬ」は有名すぎるタイトルとマーガレット・ミッチェルのややエキセントリックなエピソード、あとはヴィヴィアン・リーの美貌を前面に出した映画が非常な名作とうたわれていることで、私は映画をあんまりみないくせに往年の映画女優のことを調べるのがすごく好きなので(日本女優では高峰秀子が好き)、その印象が強すぎて逆に固定観念がついていたともいえる。台本を読んだヴィヴィアン・リーが「こんなメス犬のような役は出来ない」と叫んだこととか。
スカーレット・オハラについてのイメージは「叶わぬ恋を追い続ける勝気な美女」って感じで、そういうのはかなり(ホモの次ぐらいに)好きなんですが、いかんせん長いなあ……って思ってた。
しかるに読み終わった後、強い印象に残った場面は何か。
あれですね。
アトランタから砲火の下をかいくぐって故郷に帰ってきたんだけど家には崩壊した南部同盟の発行した山のような紙幣しか残ってなくて、やばい!これじゃ家族一食分にしかならない!
という呆然とした場面ですね。
世の中金がすべてだぞ!

 

以下登場人物。
スカーレット・オハラ
「小説を読むと美人じゃない」という声も散見される。
実際最初の第一文で「美人というのではなかった」と書かれてはいるのだが、どう考えても作中では美人として扱われているのでそれはどうだろう。
当時の美的水準から外れてたのかもしれないが、華奢な体つきに黒髪で薄い碧い瞳で、肌はマグノリアみたいに白くて、顔立ちにはフランス貴族の優雅さとアイルランド貧農の力強さがあるってそれ美人じゃない…?美とは…?
能力的には小売りが大得意の商売人タイプ。
古典的な教養はなく抽象的な話も政治的な話もまったく興味がないが、数字には異常なまでの強さを発揮し、顧客との交渉の場で絶対に損をしないラインを即座に見定めることができる。
現世利益最優先の価値観を持つ完全なる俗物で、作中三回結婚しているが、すべては故郷を税吏から、家族を飢えから守り抜くため。
幼馴染のアシュレを唯一損得勘定抜きに愛している。彼の金銭関係への能力の低さに後半は悩まされることになる。
男たちにちやほやされたり華やかな装いをしたりするのは大好きだし、男の落とし方もいくらでも心得ているが、それはゲームの勝ち方を心得ているのと同じであり、一線を越えた先のことには全然興味がなく、生娘ぐらいの認識しかない。
愛するアシュレと結婚したメラニーを心から憎んでいるものの、メラニーを守るために戦火の中、死力を尽くして奔走する羽目になる。
貴族としての誇りと優しさを持ち続けた母と、無一文から身を起こしたアイルランドの貧農である父を、どちらも深く愛していた。

 

メラニー・ハミルトン
アシュレの妻。
やや不釣り合いなほどの大きな瞳とひどく小柄な子供のような容姿で、これも「美人とは言えない」と描かれているが、どう考えてもえらいロリータである。

彼女が長身の美男子である夫のアシュレといるところをスカーレットが見て、

「何よ、あんな子供みたいな女全然彼に似合わないわ」

などと憤然としているシーンがあったが、ここのスカーレットちゃん楊太に対するモブ女みたいで面白かった。あるよねそういう話……。

内面は本物の貴婦人であり、自分と子供を命がけで守り続けたスカーレットを心から愛している。
鋼の善意と信頼で築き上げた恐ろしい政治力の持ち主で、後半はアトランタの街の影のドンとなり、前科者のチンピラさえ心服させて忠誠を誓われるようになる。
アトランタの名だたる婦人たちがスカーレットへの陰口で盛り上がりまくっている所にたった一人で敢然と入っていき、スカーレットがこれまで自分のためにしてくれたことを数え上げ、婦人たちを糾弾する場面は圧巻。
アシュレとは哲学や文学を語り、深い友愛で結ばれているが、アシュレが実務能力に欠けていることもよくわかっており、死の床でスカーレットにアシュレの庇護を頼む。

 

レット・バトラー
怜悧な美貌を持つ皮肉屋の目利きの山師で、常にどんな時も金回りがいい。
チャールストンの名家の出だが、流れ者の祖父に似て家を放逐された過去があり、戦時中に自分の送金を拒んで母と妹に苦労をさせた父を憎んでいる。
「アシュレに失恋したスカーレットが、悔し紛れに花瓶をぶん投げて叩き割ったのを見て恋に落ちた」という、なんかだめんずの男版みたいな一面があるがそれは秘密。

常に本心が見えない皮肉交じりの態度で彼女の力になる。
恋をしていることを言わないのは、スカーレットが自分を愛している男を決して愛さないと知っているから。
「金を稼ぐベストチャンスは国が滅びる時だ」などと放言していたのが、スカーレットと結婚してできた娘を溺愛して一変し、娘の将来のため完璧な紳士として街の人間にも好かれるようふるまう。娘が夭折し、スカーレットへの愛に疲れ果ててアトランタから去ってゆくことになる。

 

アシュレ・ウィルクス
スカーレットが少女のころからこよなく愛した浮世離れした美男子。奴隷制にも南北戦争にも一貫して反対だった(これはレットも同じ)が、義務を果たすために従軍する。
その誠実さ、信仰の篤さ、教養の深さ、頭脳の明晰さや戦場における勇敢さなどは人後に落ちない完璧な紳士。しかし実際的なことにはかなしいまでに不向きで、失われた輝かしい南部の貴族的な生活世界から一歩も出ることができない。
戦争が終わるとほとんどスカーレットの世話になって生きる羽目になったことを恥じている。
実はスカーレットの激しさを愛しており、惹かれているが、必死で誘惑に抗っている。
(精神性に生きるアシュレは実はスカーレットの肉体に惹かれており、即物的な生き方をしているレットは実はスカーレットの心を手に入れたいと渇望しているという構図があるが、何も望まずにすべてを受け入れて愛するメラニーちゃんが一人勝ちなんじゃない?と思いました。これ百合小説なんじゃない?と思いました

 

そんなわけで、長いけど面白かったです。
ものすごくキャラが立っているのでつい書き記したくなった。

あと結構実は銀英書いた頃の田中芳樹、これにも影響受けてるんじゃない?って感じがしました。特にあのスタイリッシュなペーソス。あんまり根拠はないけど映画を見たひつじも同じことを言った……。

(創竜伝の米大統領は風と共に去りぬの映画ファンだけど小説は読んでない、という謎の設定があったな)

石垣島などに行ってきた2019【その3】

3日目 ジェットコースター

 

旅行に行くたびに、
「よーし今回こそは早起きして宿の近くのいいお店を見つけモーニングをしよう」
という野望に満ち溢れるのだが、大体眠気に負けるので実行できるのは三回に一回ぐらいである。
今回は幸いどうにか起きることに成功し、隣の「Blue Cafe」に駆けつけることができた。
観光地価格なのにパンが冷たいのは少々残念だが、種類はいろいろ選べたし、珈琲はさすがにおいしかった。

 

 

食器もちょっとロイヤルコペンハーゲンを思わせる色合いでかわいいですね。

 

さて、今日は早朝から船に乗って、西表島と由布島をちょっぱやで巡る半日ツアーに参加する。
なんでちょっぱやかというと、昨日博物館に行き損ねたからであります。
夕方には飛行機なので、午後は是非ともこれに充てなければいけない。でなければなんのために来たのか……。

さて、なるしまゆりファンの私にとって西表島といえば、原獣文書のモデルでしょ?ぐらいの大自然イメージ。し、新大陸だよ……。
噂のピナイサーラの滝とかは半日ツアーではもちろん行けなかったが、浦内川クルーズだけでも圧巻であり、大陸の巨大な河川を見たことがない私は、河の「質量」をこんなにもずっしりと感じたのは初めてだった。
そこかしこに浮かぶ黄色い葉っぱはなんだろうと思ったら、マングローブが汽水域から吸い上げた塩分を溜めている特別な葉っぱ。塩分が限界になったら河に落ちるそう。

 

 

茫茫とした水面で揺れる様子が、鮮やかで美しい。

 

時折小雨もぱらつく中だったが幸い大降りにはならず、上流部の停泊所からは歩いて蘇芳の巨木を見に行くことができた。
正確にはサキシマスオウノキといって、いわゆる古典に言う蘇芳ではないようだが、染料に使われる点は同じ。
巨木を見るのはなんか、いいですね。
なんとなく巨木と滝は同じ存在感ですね私の中で。
サキシマスオウノキの写真を、ちょうどその前の日に久々にLINEしてくれたこちさんにリアタイで送ったところ、「リボンが巻きついてるみたいでキレイ!」って返ってきた。わー言われてみれば確かにリボンみたいだー。

 


船が着くたびに押し寄せては何やら感心して去っていく観光客たちも、この大木にしてみたらなんやねんって感じだろうなあ。

 

 

同じ河を今度はくだってバスに乗り換え、由布島へ。
由布島は西表島の周囲に点在している小島のひとつで、遠浅の海を水牛車に乗って行くことができる。人間よりも水牛のほうが多い島。

 

それはともかくここまでの旅で知ったが、


「水牛だーーーー!水牛だよはとのさん!!」
 

めちゃくちゃ動物好きだねキミ!?私も好きだけど!!
まあ家を犬さん猫さんうさぎさんアヒルさんワンダーランドにしたいと言っている人だもんな……。(今後アヒルが来れば達成できる模様)
水牛に目を輝かせて大興奮する沖バナさんでしたが、水牛は口蹄疫の予防のため、部外者が撫でるなどの接触を行うことは禁止。
牛さん独特のもったりしたやわらかい表情をしている、このゆっくりした水牛に曳かれる車で海を渡る。

まあ例によってちょっぱやなので、島の滞在時間は三十分ぐらいだけど。

 

 

働く水牛とのんびりした水牛。

 

 

かつてマラリアが猖獗を窮めた西表島を避け、人々が集落をつくっていた島は、現在は水牛と睡蓮の島になっていた。

私にとって西表は「太陽の子」の島でもある、

 

 

「水牛の面倒を見る太公望……」
「イリオモテヤマネコの仔猫とあそんでやる太公望……」
うっかわいい。
いやーでも全体に言えることですが、西表島ももうちょっと時間取りたかったな。
 

未だ三月の光の下で、ここでは田植えが済んでいる

 

さて石垣島に帰る船の中でガン寝し、先にお昼を食べる案も却下して、ようやく我々はやってきた。

 

石垣市立八重山博物館へ。

 

ではここで念のため何故私が、石垣島へ沖バナさんとやってきたのかおさらいしよう。
沖縄文化に興味のある方々は、石敢當というものをご存じかと思う。
沖縄や東シナ海一帯の地域に広くみられる魔除けの石碑で、元は福建省発祥だという。私は台南でも見かけたし、鹿児島やミャンマーにもあるようだ。
この石敢當にまつわる伝説のひとつに、「太公望こと姜大公が人々のために魔除けへと身を変じた」というものがある。
えっ……。
何それ尊すぎない?
そして姜大公の名が彫られた石敢當が、国内では石垣島のこの八重山博物館だけに残っている。
その話を聞いてから、ずっとここに来たかったのだった。
太公望に会うために。

まあ……太公望さんがこんな変質者に会いたくないとしたらその気持ちもわかるんだけどさ……。
(泣きながら無駄になった飛行機のチケットを握りしめる)

 

八重山博物館自体は小ぢんまりとした場所で、展示室も一室のみ。
その分入館料も300円と安価で、気軽に八重山の文化に触れることができる。
そんなに観光客向けらしさはなく、沖バナさんと私が入った時、館内は誰もいなかった。

 

「くくく……さんざん妨害されたがついに来たぞ」
「くくく……ようやくご対面だ……」

(※いくら人がいないとはいえ実際に館内でこんな発言はしていません)

 

それにしても博物館の中で石敢當ひとつ探せるのか?今は展示してなかったらどうしよう……という不安を胸にいざ展示室へ、
入った瞬間入口の脇にその石敢當は鎮座していた。

 

「わーーーーー!すーす!!!!!!!(小声)」

 

それは割と大きく、我々の腰ぐらいまであり、彫られた文字の掠れ方が、歴史の重みを感じさせる。

 

「大公在此」

 

はあ……はあ……。
ここに……太公望が……(いません)

 

えっいや違う。
そんな目で見るな。
我々とて別に石に興奮する変態なわけではないです。いや、紙の絵に興奮している時点であんまり変わらないような気もしてきたんですが、そこには気づかないでほしいですね(やや早口になる)

 

最初に言葉があった、ととある神は言ったが、封神ジャンル者にとっては、最初に殷周革命があった。

この全てに先行するところの、幾重もの歴史の帳に隔てられた史実があり、そこから生まれた殷周革命の伝説があり、数しれぬ道教の神々の信仰の中から小説・封神演義が生まれて、やがて信仰と物語は海を超えた。
そうしてその一つはこの古い魔除けに結実しており、また一つが青森出身の一人の若い漫画屋の手により、「太公望」として生まれたのだ。
これが興奮せずにいられるのか。
(真顔)

 

結果、人がいないことをいいことに、石敢當の前で長いこと立ち尽くす女二人がいた……。

 

どれくらいいたんだっけ?(いまいち記憶がない)
でも八重山の習俗や歴史に関する展示も充実してましたよ!

八重山の婚礼行列の人形。人の葬られる甕。無学なので違いが分からない数々の、たくさんの海を越えてきたであろう古い舟たち。そういえば私は昔柳田国男に著しく傾倒したのに、膨大な著作を時系列順に追って行ったら途中で力尽きて、「海上の道」まで辿りつかなかったという間抜けな経験を思い出すなどする。

しばらくいるうちに我々以外の見学者も増えてきたので、名残を惜しみながら辞することに。

 

お昼は「石垣島ペンギン食堂」という店に行ってみたくて、昨日も今日ものぞいてみたのだが閉まっていた。
代わりに近所のペンギン食堂が経営するお店でお土産買いました。回鍋肉の素とか。
というか今回下調べしたり沖バナさんが下調べしてくれたお店はほとんど行けませんでしたね!(まあ最初に物凄い勢いでスケジュールが狂ったからね)(それでも楽しかったのですごいけど)
というわけで石垣港に一度戻り、港湾ターミナルの中の小さい食堂で食べることにする。


実は私こういうターミナルにある食事処が好きで、というよりもターミナル自体が好きで、なんとなくざわざわした感じがとても楽しい。そう私は金門島で全く用事もないのに、対岸の中国本土・厦門に渡る港を単に見たいからという理由で、炎天下二・五キロ歩いて行った女。
食堂ではマグロ丼と、じーまみー豆腐をチョイスし、沖バナさんは所用で外に。

じーまみー豆腐は沖縄名産の落花生の豆腐みたいなもので、ぷるっぷるのつるっつる。身内はみんなこれを愛している。
したら沖バナさんが爆笑しながら店に戻ってきた。

 

「鳩野さんたいへん!

店のおばちゃんがそこのお土産屋さんで、『じーまみー豆腐ない?今日はもうない!?』って言いながらすごい勢いで探してる!!

 

予想外の事態に私も耐え切れず爆笑。
いやーすごいよこのお店、持ってるよ。なんかそこまでして探してくれたら、もうなくてもいいよじーまみー豆腐。
やがておばちゃんがマグロ丼を持って現れる。
「ごめんなさいね、じーまみー豆腐切らしてました」
「は、はい!」
私たち笑わないように必死だったね……。

 

新鮮なマグロ丼は大変おいしかったです。

 あとなんでもとにかく汁物の代わりにデフォルトで沖縄そばがついてくる。(おいしい)

 

さて、今回の石垣島行のオチは空港で待ち受けていた。
ちなみにTwitterでも書いていない。
石垣空港では大好きな「石垣の塩せんべい」を買ってウキウキだった鳩野さん、グアバのジェラートも食べたし、さて搭乗だと立ち上がった。
その瞬間私は愛用のiPhone6sをぽろっと取り落とし、それは「コーン」みたいな音と共に床におちた。
でも高さはベンチから30センチぐらい、大したことじゃない、音も軽い感じだったし。
「鳩野さんだいじょうぶ?」
「あっだいじょうぶだいじょうぶ……だいじょうぶじゃ……ないかも……」
拾い上げた愛用のiPhone6sは、なんかあんまり見たことのない状態になっていた。
具体的に言うと液晶画面と本体の部分がぱかっと分離していた。
「はえ!?今の!!?なにこれ今のやつで!!!!?」
あんな軽い音だったのに、いや精密機械だし結構古くて今までも修理してるから油断できないのはわかるけど!!!
「えーーーーーー……」
顔を見合わせる沖バナさんと鳩野。
考えていたことはひとつだ。
思えばやはり今回は、最初からおかしかった。
まさかの搭乗予定飛行機を逃す。
車に乗れば表示を見てたのに一通に迷い込んで逆走する羽目になる。
2日目も搭乗口を間違えて直前ダッシュする。
旅行先で財布を忘れる。
そして最後がこれである。

「……楊戩だね」

沖バナさんがぽつりとつぶやいた。

「!?」
「だって太公望はいくらなんでもこんなことしないよ!これ恫喝だよ!早く帰れ的な!!」
「わ、わかるーー!太公望はこんな暴力的な真似しない!楊戩だよ!楊戩さんすいませんもう帰ります!」

半分ぐらい本気で言っていたが、楊戩もいい面の皮である。
いやでもだって…太公望に会いに来てこんな目にあうの…
符合がすぎたよねうちらの中で……。

 

なお、帰り着いてから探したところ沖バナさんの眼鏡がどっかで紛失しており、上記のトラブルは最後のものではなかったことが判明する。
石垣島は……良いところです……。

 


この日はその後も終わらず、那覇についてからもiPhone修理屋さんに連れてってもらったり、国際通りをそぞろ歩いたり、沖縄のデパ地下兼スーパーみたいなところで沖縄県民の普段の生活を拝見したり(めちゃめちゃ楽しかった。知らない魚がたくさん売ってた。市場も好きなんですがまた違った雰囲気がある)と盛りだくさんでしたが、長くなるのでこの辺で。

 

次回、最終日!

 

グアバのジェラート

 

追記。

この三日目って実はなんかものすごく寒くて、石垣でも西表でも終日冷たい風がふきすさんでは大粒の雨が曇った空からばらばらと落ちてくるような天気だったんですが、なんか今になってみると興奮がすごくて全然天気の印象が残ってない。

当日は

「まさか西表島まで来て寒さに震えるとは…」

って言い言いしてたのに…