使者に告ぐ

何これ寒い。
もう蒲団から一歩も出たくない。
ここが私の城であると帰って王に伝えよ。

何も知らずに色と質感と「バラ科の木に実る果実である」という先入観から「杏の砂糖漬け」ぐらいのノリで梅干しをぱくっといってしまって「なんふぁこれは!?」って涙目で叫ぶ太公望様の元に懐紙を持って駆けつけたモブ道士。
「う、梅の塩漬けですよ酸っぱいんです」
「何故そのようなものがこんなところに」
「す、すいませんわかりません。あのっ(懐紙を口元に添えながら)ここに出されて構いません」
「だ、だが勿体ない……ううう」
 そうして幼い面差しが涙目というかもう泣きながら必死に頬を膨らませているさま、こんなもの飲みこみたくないけど飲みこまなきゃいけないと言う葛藤、懸命に動く唇を見守っているうちに当然ながら勃起してしまったモブ道士。ピンチ!おのれの変態性をなめてかかっているからそんなことになるのだ!折しもドアががちゃっと開き、
「師叔?こんなところで何…を…?」
 そこで蓬莱島教主が見たものは涙目で一生懸命何かを呑みこもうとしている恋人と、何故かそこに居合わせて自分だけが知る柔らかい唇に懐紙を押し当てながらしきりに股間を気にしている見知らぬ男であった。なんだあいつ顔覚えたぞぶっ殺す。
 漂う梅干しの香り。
「……師叔、とりあえずこれを」(水)
「あっ、ん、んん、むっ」
「何やってんですか……」
「甘いかと思ったのだが……甘くないのう……」
 何この空間。
 モブ道士は楊ゼンに睨まれて逃げた!
 モブ道士は謎のおかずを手に入れた!
 モブ道士が教主に「稽古をつけてやる」的な呼び出され方をするまであと二時間。(二時間はようたさんがいちゃいちゃする時間です)(エッセンスは梅干しの香りだけど)
 はー蓬莱島楽しそうだなー。

拍手ありがとうございました!
以下お返事です。
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何と戦っているわけでもないが全力

妙に忙しくて時間がなかったんですがようやくメインPCを修理に出せました。まだ出してなかったのかよ!
というわけで更にサイトがいじれない。お前普段からそんな更新なんか月一ですればいい方だっただろって感じなんですが、いじれないとなるとなんだか落ち着かないので気を紛らわせるために今日はこれを書いてました。
太公望の外見年齢論。昔の完全版感想を思い出すレベルに長いです。なんだこれ…。

まあなー、結局最終的には趣味だとは思うんですよ。
腐女子の作品理解だの語りだのなんてまず趣味ありきですからね。極端な話元々依存萌えの人だったら、ちょっとでもその要素があればここの関係性は依存だ!って言うもんだと思ってます。その独断と偏見をいかに煮詰めるか、あまりにぶっとんでると自分自身さえ納得できずに終わってしまうのですが、マイルドすぎても面白くないんでそのへん手さぐりです。

私が外見年齢の話に関してばかりこんな前置きするのは、これに関しては「殆どプリミティブな部分で趣味」という人が大部分だと思うからです。ここへのコダワリは精神的な関係性より少しばかり萌えに対して根源的であるように感じます。突き詰めるとほら、はえてるかはえてないかみたいな話になるし。すいません。
まあ太公望受けの人でもさー、あんまり肉体的に幼いと罪悪感が邪魔して萌えられないとかそういう方もいるじゃないですか。いやこれはまっとうでいいと思いますが。でも同時に「十二歳…ギリギリ十三歳」ってブツブツ呟き続けてる私の友人みたいな人もいるわけで別にそれも怒られることではないです。「十代ぐらいでしょ?細かいとこはどうでもいいよ」というあなたは幸いである。どうかそのままでいてください。

萌える萌えないは理屈の外にあるものですが、実は腐女子が依って立つものというのはここでしかない。
だからこの世界では理屈は基本的に、一人や気の合う友人とこねてあれこれ遊ぶための楽しい玩具です。だってですよ、たとえガチで相手を論破したって、「それでもガイアは囁いている」とか言われたらおしまいなわけです。伝家の宝刀として「そもそもあいつらホモじゃないよ」とかもあるし。
まあどうしても共感を得たかったら、腐女子には最後の手段として「作品にしてみる」というのがあるというのが持論ですが。
結局感情の問題なので、拙くとも自分の哲学で貫かれた作品を見てくれる人が一人でもいて、それで何かしらを感じてくれれば少しは報われる、というのあると思うなー。
何度か言ってるけど封神で私が二次創作をはじめた元々の動機は、「私ごときの貧しい頭では殷郊を説明しきれないから小説にするしかない」というものだったし。
むっちゃ話それた。まあそういうわけで、今から書くことは理屈のフリした私の萌えアピールなので、気の合わない方は見なかったふりしていただいても一向に差支えありません。

うちの太公望の肉体年齢は十三か十四です。少なくとも十五にはなってない感じです。二次性徴は永遠に起こりかけです。前の萌えキャラは十五歳(外見)でその前は十六歳(外見)だったのでこのじわじわと下がって行くアレは一体なんなんでしょうか。こっちの年齢とか言うな。
そんなことはどうでもよいのですが今まで見かけた感じでは、大体十二歳から十七歳まででしたね。
本稿ではこれについて、以下の三つに論点を置いて絞りこんで行きたいと思います。

・作品と時代背景
・作中人物からの扱われ方
・王奕・伏羲の存在

・作品と時代背景
まずそもそも遊牧民って全体的に年齢をほぼ気にしてないから自分でも幾つなのかよくわかってない人の方が多いという話は置いておきます。太公望さんは時々物凄いチート記憶力を発揮するので、呂望時代でもうっかり「いつでも生まれてからの年月を数えて自分の正しい年齢を思い出すことができる」みたいな能力を持っていてもまったく驚きません。「僕ももう十二だからね」に「呂望さまは変なことをおっしゃるのねえ」って返ってくるかもしれないけど、当時彼が自己申告通り十二歳であったことに間違いはないでしょう。
で、呂望って何故か村が滅んですぐ崑崙に上がったわけではないんですよね。
公式ではないけど公式に準ずるジャンプ本誌の特集ページで、その後一年ぐらい…放浪?してたっていう記事があった筈です。SGP設定だとここにいくらでも夢と欲望を盛り込めるんですけど。さー軍師様はどこの金持ちに飼われてたのかなー。羊を連れて放浪ってあんたいくらしっかりものでも大家族で暮らしてた十二歳にそんな無茶な。あれは呂望が崑崙に上がる時に申告した嘘だと信じていますがそれも置いといて。
だから崑崙に上がったのが十三の時ですね。
まあ天化とか見ると崑崙に上がる=成長が止まる、ではないし、基本的に仙人骨持ちの人間は身体が成長しきる前にスカウトされてる筈なのに(そうじゃないと天然道士になってしまう)人間の仙道の外見年齢がまちまちなことを見るとそこはあんまり確固たる基準にならないのは事実です。つーか「ほんのちょっとずつ年を取る」にも若干フジリューのこじつけ臭感じる。だってじゃあ道行天尊とかなんなんだよ……。
どっちかというと取捨選択が利くとというか、身体をどこまで鍛えるか、というぐらいのノリで身体をどこまで成長させるかっていうのは選べるんじゃないかと。調整は難しいとこありそうだけど。
というわけで長々書いてきましたが、この辺からは決定打を出すことが難しいです。「何とでも解釈できる」というだけです。
いちおう「呂望が申告した年齢は時代背景的に数え年(=満年齢にすると1歳下)であろう」というネタをも銀の弾丸のように大事に抱えているんですが、大事に抱えすぎて若干使いどころがわからん感じです。

・作中人物からの扱われ方から
これは知らない人からは完全に子供扱いですよ。「坊主!」だし。
この時代の成人はおそらく現代日本よりだいぶ早い筈で、その基準て「結婚できるかどうか」「戦ばたらきができるかどうか」だと思うんで、初対面の相手に向けて「坊主!」はよっぽど幼く見えたっていう以外にはバカにする意図がなければないんじゃないでしょうか。
あとおんぶの話もしときたいですね。
おんぶされる太公望超好きです。
おんぶされて自他ともに抵抗がないのは老人か子供なんですよ。太公望自身は自己認識が老人だから違和感なくおんぶされてるけど実のところする方は相手が子供にしか見えないからおんぶしてあげることに抵抗がないっていう部分もかなりあるはずです。この彼我の乖離が太公望とその周囲を取り巻く人々の健全なようで隠微な関係性を象徴してるみたいで私すごく好きです。
なんか興奮してきました。話戻します。
これこそ前書いた気がするんですけど、太公望を作中おんぶしたことがあるのは武成王と武吉と天化でした。
ちなみに形容されている言葉として、武吉は「青年」だけど天化は「少年」です。
個人的に天化は殷郊(18)よりは年少に見えるから、肉体年齢16、7じゃないかと思います。(ちなみに殷郊さんの肉体年齢は修行中も当人と崑崙の思惑が微妙に合致してしまった結果普通に上がってったんじゃないかと…)
その16、7の少年に迷いなく自分を「おんぶしろ」って、お前15歳以上だったらはったおすぞ。というののも私の結構強固なアレになります。

ついでに太公望と外見的にほぼ同年輩であろう人々についてでも。
蝉玉が「不健康そうな子供」と言った王天君は、雰囲気はともかく丁度太公望と同じような年恰好になる筈です。少なくとも「鏡」の回でどちらかが年上のようには見えないです。まあ蝉玉がこの発言をした時期ってまだ設定が固まってない可能性あるので、若干アンフェアな気もするけど。
あと、邑姜。
この頃フジリューの作画が大分揺れてるんですが、(※「荒れている」ではない)(体格差とかころころ変わってる)多分意識して描いている範囲では太公望と邑姜にも相似形ぽさがあります。「性別」と「つり目かたれ目か」というところで描き分けられてる感じです。外見年齢もほぼ同じに見えます。
その邑姜は太公望いわく「小娘」発いわく「プリンちゃんまであと一年」。
発はロリコンという感じはあまりないですが、時代的なものを考えると十五歳でも適齢期ではある気がしますね。まあ一概に年代が古ければ早婚かと言うとそうでもないっぽいですが、殷周代のことなんてほぼわかんないからこの辺の風俗は元々原典が成立した明代あたりを参照してもあながち間違いではないかと……。

・王奕・伏羲の存在から
てゆうか「性欲で身を滅ぼした男性の話まとめ」みたいなのを見ていると王奕は人間として生まれることになる自分が万一にもそんなことになって計画の妨げにならないように肉体的な成長を適当なとこで止めるプログラム仕組んでたみたいなのあってもいいとすら思いました。この間。
身も蓋もねーな!
まあネタなんですけど。でも恋愛関連を桃好きと同一視しちゃうあたりの謎の感性はマジで肉体が発達してないことと無関係じゃない気がしている。ヒント、二次性徴。まだ言うのかそれ。

ここまで書いてなんか疲れてきた。もっかい断言すると結論ありきの理屈ですよ。だっていいじゃん肉体年齢こどもの軍師様。本人には本当の意味では永遠に理解できない種類の欲望に踏み躙られて小さい身体ががくがく揺れてるのとか最高です。お前が最悪だ。
こんなことゆってる人に反論は無駄だと思われる方も多いと思いますが、でも反論もご意見も受け付け中です。大分穴だらけだと思うんで。
こういう話でディベートする唯一のメリットって、「お互い自分の理屈の欠陥を指摘してもらうことによって糊塗する方法を考え更に妄想を強固にする」ことじゃないでしょうか。

最後に、楊ゼンについてはそんなにコダワリがないです。
多分誰に聞いても「二十代」って言うだろうし、そもそも元々人間だったわけじゃないので「外見年齢」というか「どの年齢で時間を止めた」みたいなのはないだろうし。あいつは妖怪として元々一定のとこまで成長したら不老不死だったんじゃないかなあ。
どっちかっていうと筋肉のつき方とかについてのほうがまだ気になるかもしれない。物凄い筋肉フェチというわけでもないから、「太公望が抱き寄せられた時に胸板の感触がちょっとこつんとしてたらいいなあ」と思う程度ですけども。

お前ら教主様と太公望様の関係について教えてください

解決済みの質問

 蓬莱島で修業中の道士です。
 前から気になってたんですが、教主様と太公望様ってなんで一緒に住んでるんですか?

ベストアンサーに選ばれた回答

下記の中からさああなたも納得できる学派に加わってください。


二人は付き合ってるよ派
┣肉体関係があるよ派
┃├身も心も結ばれた恋人同士だよ派(少女漫画派・婦人層に浸透)
┃├心がどうとかより身体の相性がぴったりで離れられないよ派(レディコミ派)
┃└打算づくの関係だよ派(皮肉派)
┃ ├太公望が教主をたぶらかして立場を安定させてるだけだよ派
┃ └教主が前教主の一番弟子を庇護することで大物ぶりたいんだよ派
┃ (流言飛語派・反蓬莱組織との関係調査が待たれる)
┣恋人だけど肉体関係はないよ派
┃├プラトニックという美しいものも世界にはあるよ派(夢想派)
┃├仮にも教主様が少年の肉体に手を出したりするはずがないよ派(常識の壁派)
┃└太公望様は永遠の処女だよ派(聖母信仰)
┃   └むしろ何されても一晩経ったら処女に戻るよ派(聖母信仰、急進的超自然派)
┗真実などわからないままでいいよ派(自然派)
  ├他人の房事についてあれこれ言うのが野暮だよ派(実質的容認派)
  ├自分の好きなように妄想するよ派(自由主義、相当数が少女漫画派と重複)
  └むしろ自分の原稿の中にあることだけが真実だよ派(自由主義唯識論)

別に付き合ってるわけじゃないよ派
┣でも肉体関係があるよ派
┃├房中術に不可欠のパートナーだよ派(似非理論派)
┃├身体の相性がいいからセフレだよ派(快楽派・レディコミ派と近いロジックを持つ)
┃└教主が無理やり関係を結んでいて太公望様は被害者だよ派(エロゲ派)
┣単に同居してるだけだよ派(純朴派)
┃└太公望様の一番弟子の武吉さんが「お師匠さまは楊ゼンさんととても仲がいいんです」と
┃ 言っていたからそれを信じるよ派(現実逃避派)
┗太公望様なんてそもそも想像上の存在だよ派(林先生派)
 ├太公望様はラブプラスの新キャラだよ派(コナミオタ派)
 └むしろ俺の嫁だよ派(過激派・教主によって封神許可が下りている)


◇◇◇

オフ会アンケートにご回答ありがとうございます。
GW開催を目安にしているので3月いっぱいは置いておきますねー。

拍手ありがとうございました!
以下、お返事です
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